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真夜中にパソコン壊した奴がいる [日常日記]

朝起きて見たらパソコンが壊されていた。何度やっても、セーフモードにしても、全く立ち上がらない。ひどい壊れ方だ。フリーズした画面の時計が止まっているから犯行時刻は午前3時35分、真夜中である。もちろん我が家だって戸締りはしている。しかし、マスターキーを持っていてどこにでも上がり込んでくる奴は防ぎようがない。インターネットの回線を伝わってくるのだ。どんなセキュリティーを装備してもマイクロソフトは全て潜り抜ける。勝手にウインドウズをアップデートする。そして、挙句の果てに新しいOSのインストールに失敗したらしい。「windowsのインストールに失敗しました。インストールをやり直してください。」と言うのが残されたメッセージだ。

別のPCを使って検索して見ると、アップデートに失敗した時の対処方法はいろいろある。マイクロソフトも対策ソフトを配布したりしている。しかし、それはコンピュータが動いていることを前提としたものだ。コンピュータが立ち上がらないのだから対応のしようがない。そもそもこのコンピュータはwindows7が積んであった。それを勝手にwindows10にアップグレードしたのは僕ではなくマイクロソフトなのだ。当然windows10のメディアは持っていない。インストールし直せと言ったって、無理だ。まあ、リカバリーディスクを作っておくべきだったと言う事だろうが、このPCにはDVD-Rしかついていなかったのだ。

windos7を入れ直すしかない。勝手にアップグレードして、それを壊して、またwindows7を入れ直させるなんてバカな話だ。手間暇かけて入れ直した。ドキュメントファイルなどは全部消えてしまうことになる。復旧作業も大変だ。windows7のCDを持ち出してインストールは出来たが、それだけでは使えない。ネットワークにつながねばならないのだが無線LANアダプターのドライバーがない。ネットにつながっていないのだからダウンロードできない。別のパソコンでダウンロードしてUSBで入れなければならなかった。

ネットワークにつながってしまえば、ソフトもダウンロードできるし、一応コンピュータは使えるようになる。ところがである。windows7についているインターネットエクスプローラはIE8で古い。なんとマイクロソフト自体が、「このブラウザは受け付けません」とアクセスを拒否するのだ。さすがにIEのアップグレードというページにはつながったのでIE10にアップグレードしようと思ったのだが、「このコンピュータにはインストールできません」と出てくる。IE9でも同じことだった。マイクロソフトは最新版のIE11しかインストールさせないようにしているらしい。IE11を入れようとしたら、まずSP1をインストールしろと言ってきた。メッセージのリンクにあるSP1のページに飛ぼうとしたら、また「このブラウザは受け付けません」である。これでは鶏と卵で先に進みようがない。

調べたところ、windows updateが勝手にSP1を入れるまで待つしかないことがわかった。updateを入れては再起動を繰り返し、7回目くらいでやっとSP1が入った。これでIE11も入れられるから先は見えてきたがまだVPNとかFTPのソフトも入れなければならない。windows7のまま使っておれば何の手間もかからなかったのにと思うとホント腹が立つ。

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息切れに、なすすべがなく大学へ [療養]

年末の呼吸困難は胸水が溜まったことによるもので、短期の入院で復帰できた。ところが、新年になってまた息苦しくなって来た。利尿剤を飲んでむくみも殆ど無くなっているから胸水ではないと思う。酸素3Lでじっとしておれば息苦しさはほとんどないのだが、少し動くと、トイレに行っただけでも、息切れがひどい。体がふらついて立っておられず、杖をついての歩行も危うい。強い倦怠感があり何をする気も起らないし、右腕の筋肉がひどく痛い。

連れ合いが幹細胞採取のために入院中だったから、一人で主治医のいる病院まで30㎞をドライブする必要がある。しかし、とてもその元気はない。電車やバスを乗り継いでの通院はさらに厳しい。今の主治医が遠くの病院に移った時に月一回の事だから遠くてもいいかとついて行ったのだが、前からこの距離は気になっていた。

白血病、緑内障、前立腺は大学病院でお世話になっているから、この際、大学病院で総合的に見てもらった方がいいかもしれないとも思っていた。しかし、主治医との付き合いは10年に及び、手放しがたい安心感があるのも事実だ。主治医のいる病院も立派な中核的総合病院だから転院の理由は見つけにくい。もちろん大学病院は、近くて便利というだけの理由で受け入れてくれるところではない。

仕方なく、近所のクリニックに行ってみたが、当然扱いの範疇ではなかった。結局、大学病院に行けと言われて大学病院の呼吸器科を受診することになった。主治医のもとで治療を受けながら、素知らぬ顔で大学病院に行ったりするのは後ろめたい気がする。

酸素ボンベを担いでいれば、すでに治療中であることはすぐわかる。大学病院では、「ああ〇〇先生の患者さんですか」と言われてしまい、一応、ご希望があれば、こちらでも検査だけはして見ましょうと言うことで終わった。主治医も実は大学の教授だし、この地域の呼吸器科では指導的立場の医師だ。二重受診というわけには行かないのは当然だろう。その後、ステロイドを勝手に少し増やしたら多少落ち着いて来た。連れ合いも元気に退院してきたので、主治医のいる病院に出かけた。体調が悪い時には遠くてとても通えないとか訴えようと思ったのだが、その必要はなかった。

予期せぬことに、主治医の方から、大学病院の△△君と電話で話したよと言いだされた。今の状況は単純でなく、血液内科などとも連携を取らなければいけないから、この際大学病院に移ったらどうかと言うことだった。いろいろと気働きができる先生で、連れ合いが多発性骨髄腫で大学病院に入院予定であるといった事情もすべて斟酌して理由づけしてくれたのかもしれない。先生に長年の付き合いを感謝しつつ病院を後にした。

一方で、僕の病気が重篤な段階に来ていることを意識させられた。主治医も従来通りの処方に限界を感じたに違いない。平均寿命まで生きられるとは思えないので年齢的にも、そろそろ危ないころだ。もともと僕の間質性肺炎には得体のしれないところがある。ベルクロア音もあり、CT画像の曇りガラスは間違いなく間質性肺炎なのだが、急性増悪の時でさえKL-6が高くなったことがない。ステロイドに反応する事からリウマチ性とされているが、リウマチ反応はない。関節リウマチの症状は10年前から収まってしまっている。この際、一から検査し直してもらう必要があるのかも知れない。

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無料だと言って欺く水道屋 [日常生活]

我が家のキッチンの蛇口は少し締まりが悪く、そろそろパッキン交換の時期だ。パッキンは用意してあり、買っても4個100円位のものだ。ところが僕は最近息切れがあって、立ち居振る舞いが楽ではなくなって来たので、これにかなか手を付けられないでいた。冷水側はレバー式に交換してとあるのだが、アルミレバーの腐食があって取り外しが面倒だ。冶具を用意してバイスを使う必要がありそうだ。これも手付かずになっている原因の一つだ。しかし温水側は特に問題はない。

そこに「地域水道センター」という所から水道の無料点検に訪問したいという電話がかかって来た。連れ合いが出て、無料ならいいかと了承してしまった。電話の最後に「水道局からの委託ではありません」と民間業者であることを告げてきたが、だから断わると言う事にもならない。

無料点検と称して高額の水道工事をやる詐欺もありそうだ。少し怪しい気がしたのでネットで検索して見たが、詐欺といった情報はなかった。「水栓取替3000円」とだけ書いたホームページがあった。パッキン交換の値段なんかは書いてない。なんかこれも怪しい。しかし、水栓の取り換えをやってもらえば出張費もあるから3000円が法外な値段ではない。

当日やって来たのは若いお兄ちゃんだった。案の定冷水側の水栓の取り換えを勧めてきた。自分でメンテナンス出来ない負い目もあって、この際冷水側は普通の水栓に取り換えてもらってもいいかなと言う気もしてきた。温水側のパッキン交換も含めて4000円でいいというので、お願いすることにした。

あまり体調は良くなく、僕は現場を離れてソファーで横になっていた。しばらくすると「ネジがさび付いて取れない」と言ってきた。やれやれと体を起こして現場に行ってみると、温水側のノブを止めているネジを示された。ネジの頭をなめてしまっている。これでは回しようがないのでノブが外れない。「大丈夫ですよサンダーで切り取っちゃいますから」と言うことで温水側も水栓の取り換えになってしまった。都合6000円プラス消費税になる。

手際よくサンダーで切り取り水栓を取り換えた。最初からサンダーを用意していたようだ。業者が帰ってからつらつら考えて見るに、ノブのネジは水に触れるところでもなく、さび付くものではない。素人ならネジの頭をなめてしまう事もあるが、現場のプロならその前に緩め済を使うとかの処置をする。まちがってもネジの頭をなめてしまうことはないはずだ。

おそらく、無理やり締め上げて、わざと頭を壊してから「固くて取れない」と言いだしたのだろう。しかし、現場を見ていないから確証はない。ホームページのメニューに一番多いはずのパッキン交換がない。この業者は必要もない水栓の交換を押し付ける商売をしていることに気が付いた。

被害届けを出してやろうかと思ったが、紛らわしい名前でも民間業者であると名乗っているし、水栓の取り換えなら2個で6000円も、かなり高くはあるが、法外とも言えない。高々何千円のことで大騒ぎする必要もないかと思ってしまった。泣き寝入りである。手口がわかりながら、むざむざ騙されてしまった自分が情けない。間質性肺炎の息切れはこんなところにも弊害をもたらす。

おそらく、あちこちで無理やり水栓を取り替えさせられた人がいるはずだ。騙されたことに気が付いていない人も多いだろう。無料の点検には要注意だ。電話では「地域水道センター」と名乗っていたが、領収書には「水道地域センター」とあり、電話番号0120-800-659で検索して見ると悪質業者とする情報がいっぱい出て来た。


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亡くなった伯母の人生かえりみて [日常日記]

伯母が元旦の朝に亡くなった。93歳だった。僕は胸水の増加による呼吸困難から退院直後だったので、葬儀にも行けなかった。母と伯母が生まれたのは、京都の町のど真ん中である。地下鉄まで30秒、今ではビル街になっており、150年以上前の民家が1つだけ、ぽつんと取り残された状態だ。伯母が亡くなった今、この家も近々とり壊されることになるだろう。母は結婚して家を出たが、伯母は生まれてから93年間、頑としてここを動くことはなかった。独身で通した「おひとりさま」の草分けである。

伯母が生まれたのは1924年、関東大震災の翌年だし、ラジオ放送が始まった年でもある。いわゆる大正デモクラシーの平和な時期ではあったが、このあと急速に戦争へと突き進んでいったから、大変な時代を生きたことになる。しかし、伯母自身が波乱万丈に生きたわけではない。祖祖父は亀岡藩の士族だったが、古くからあった材木問屋の娘と結婚してここに住みついたのだ。祖父に大きな稼ぎがあったわけではないのだが、資産があったから裕福な暮らしをしていた。当時、女学校の高等科まで進み19歳まで教育を受ける女性は少なかった。

学校を出た時には、まさに戦時中だった。女性も軍事生産などに動員されたのだが、多分、親が手をまわして、母は証券取引所、伯母は帝国銀行に勤務することになった。当時としては安全で楽な仕事ではある。その後、母は結婚したのだが伯母は仕事を続けた。もともと頭の回転が速く、復興期の銀行業務に適していたかも知れない。当時はお見合いが主流だったから結婚のチャンスがなかったわけではない。母に言わせれば「選り好みばかりしている」と言う事だったらしい。

戦争で同年代の男性の多くが戦死した。だから伯母の年代で独身をとおした人はかなりいる。良家の子女、高学歴などとプライドが高かったのも事実だろう。しかし、仕事が面白くなってしまったこともあると思う。男社会で大きな出世はなかったが、業務に精通して、活躍の場は多かった。母などは専業主婦となって冬場は着物を着ていたりしたが、伯母はいつも洋装だった。

時々、我が家にもやってくることがあったが、快活で都会の雰囲気に満ちていた。新しいものは何でも伯母を通して我が家に伝えられた。高度経済成長以前で、まだ一般的ではなかったはずだが、スキーに行ったり、ゴルフをしたり、活動的で、古典的な良妻賢母に終始した母にとっては、感心することばかりだったようだ。

結局、定年まで40年に渡って銀行に勤めた。年金もあり、家もあったから、経済的な苦労はなかっただろう。定年後は、海外旅行に行ったり、ゴルフに行ったりしていたが、どうも様子がおかしくなってきた。60代の半ばだったと思うが若年認知症が始まってしまった。グループホームに入り、亡くなるまで30年の歳月を認知症とともに夢の世界で過ごしたことになる。お見舞いに行っても、僕がわからなくなってしまっていた。

時代に翻弄され、結婚もせず、出世もせずだったが、生きる苦労はなく、子育てや家庭生活の悩みもなかった。あるいは寂しさを感じていたかも知れないが、何事もない平安な伯母の人生はそれなりに幸せなものだったのかもしれない。





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幹細胞、移植が視野に見えてきた [骨髄腫]

僕が胸水増加で入院したりしている間、連れ合いは快調で「おせち」作りに励んでいた。もちろん健康体ではなく、圧迫骨折以来の腰痛は続いているが、麻薬のお世話になるほどではなく、膏薬を貼る程度で済んでいる。カイプロリスが効いて、寛解まであと一息というところだ。

多発性骨髄腫は白血球成分であるB-cellから派生した形質細胞の異常だ。形質細胞がガン化して骨髄に戻り、細胞分裂を繰り返して増殖する。増殖したガン細胞はM蛋白と言われる無駄な蛋白を大量に作り出し、正常な血液細胞の生成を妨害する。血液中のグロブリンはIgG、IgA、IgM、IgD、IgEの5種類が一定の比率で含まれるが、どれかがやたら多かったらそれは出来損ないのM蛋白が含まれているせいだ。連れ合いの場合、IgGが増えてしまっていたが、Kd療法で数の上では一応正常値までもどった。しかし、これだけではガン細胞の活動が少し鈍っただけの事かも知れない。

さらに詳しく調べる方法としてフリーライトチェーンの観察が行われる。グロブリンの形成は重鎖、軽鎖の組み合わせでなのだが、軽鎖の方が多く作られるので余った軽鎖は血液中に浮遊している。この浮遊軽鎖はκ型とλ型の二種類ある。正常なグロブリンが形成された場合、2つが大体同じような比率なのだが、M蛋白が作られる状態ではこの比が片寄る。これはグロブリンの計数よりも、もっと感度が高い異常検出になる。連れ合いの場合κ型が極端に多くκ/λ比は3000にもなっていた。今でも7.6だからまだ正常とは言えないが、かなり改善されたことに間違いはない。

グロブリンの数が正常値になって、κ/λが1近くになってもガン細胞がなくなった訳ではない。その活動が抑えられてはいるが骨髄の中に潜んだままになっているから、やがてまた暴れ出す。このガン細胞を叩くには、骨髄ごと破壊するしかない。強烈な抗がん剤として知られるメルファランを大量に用いる。これは副作用の塊のような薬だ。当然、髪の毛はなくなり、その他様々な副作用で体力を失う。65歳以上の患者には体力的に耐えられないとされて来たが、実際には個別に判断される。連れ合いの場合、69歳なのだが、まだ症状的には「くすぶり」だから、試みて見ようということになったのだ。

破壊されて造血能力が失われた骨髄を復活させるためには、造血細胞すなわちいろんな血液細胞に分化することが出来る幹細胞を注入してやる必要がある。型を選べば他の人から移植することも出来るが拒絶反応が出ると恐ろしい。あらかじめ取っておいた自分の幹細胞ならこの問題はない。もちろん自分の幹細胞には異常形質細胞を生み出すような異常染色体を持ったものもあるだろう。しかし、これはガン細胞そのものではないし、あらかじめ治療して寛解している時期のものなら異常なものは少ない。幹細胞移植というのは臓器移植とは異なり、移植そのものが目的ではない。良いも悪いも白血球を一網打尽にしてしまう捨て身の大量抗ガン剤療法から生還するための方策なのだ。

自家移植のためには幹細胞を採取しなければならない。ところが、幹細胞は骨髄中にあり、普通は血液中に出てくることはないから簡単にはできない。しかし、少しシクロフォスアミドなどの抗がん剤を使って一時的に白血球を減少させると、その回復期に血液中に流れ出てくる。さらに、G-CSF(顆粒球コロニー刺激因子)薬剤名でいえばノイトロジンなどを用いれば多くの幹細胞を血液中に動員する事が出来る。この血液を体外に取り出し、CD34マーカーが陽性なものを分離すると、幹細胞を取り出すことになる。右手から血液を取り出し、肝細胞以外は左手に戻すといった機械「血球成分分離装置」がある。

連れ合いの自家幹細胞移植が日程に上ってきた。寛解を目指した第一段階は終わった。第二段階である幹細胞採取のため来週入院する。本当の勝負で苦しいのは、骨髄を破壊してガン細胞を叩く第三段階なのだが、第二段階でも、無事に幹細胞が採取できるかどうかの山場はある。大量ではなくともシクロフォスアミドの投与はきついだろう。CBD療法には音を上げた実績があるし、G-CSFにも副作用がある。なんとか耐え忍んで乗り越えてほしい。頑張れ僕の連れ合い。
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