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多発性骨髄腫の治療を始める [骨髄腫]

連れ合いが多発性骨髄腫と診断されたのは、2013年春のことだ。喘息の症状が出て、血液検査をしてもらったら、アルブミンが少なく、グロブリンが多くてA/G比が基準値より少し低かった。喘息とは関係ないのだがちょっと気になるなどという話があったところに、検査技師さんが居合わせて、分画やって見ましょうかと口をはさんだ。先生もそうだねということで蛋白分画分析をやった。

結果はIgGが多く、正常値ではなかった。僕は白血病で血液内科を受診していたので、診察に連れ合いも同行した。ここで多発性骨髄腫という診断になった。βマイクログロブリンは2.4だからまだ正常範囲だがIgGは4100で明らかに高い数値だ。早期発見ではあるが、だからといって何か打つ手があるわけではない。経過観察と言うことになって、以来、僕らは夫婦で血液内科を受診するという珍しいカップルになってしまった。

僕の白血病はCMLだから、特効薬タシグナを飲んでいさえすれば寛解状態を保てる。彼女の方も当面は何の治療もないから、診察といっても、検査数値を確認して、「まだ大丈夫でしょう」ということで終わるものだった。それをいいことに、僕らは積極的に旅行に出かけたりした。「今のうちに」と言う気持ちも強かったのである。しかし、それがいいつまでも続くものではない。やがて、次の段階になることは覚悟していた。

何も治療せずに4年が経過したことになるが、その間、検査数値は上下を繰り返しながら、徐々に上がり傾向を見せ、2017年に入って、ステージ②と言われる領域に達した。IGgは6210、βマイクログロブリンは4.8まで上がった。腰痛に悩まされてPETをした結果、第11胸椎と第3腰椎に圧迫骨折があることがわかった。しかし、ブドウ糖の集積は見られず、とりあえず圧迫骨折は多発性骨髄腫によるものではなく、一般的な骨粗鬆症によるものということになったが、そろそろ治療を開始したほうがよさそうだ。

抗がん剤の投与は副作用も多く、うれしいものではない。しかし、うまく使えば、進行をかなり緩めることができるものだ。多発性骨髄腫に対しては根本治療はないので、これが最善の手立てだろう。入院して副作用や効果を見ながらベルケイドとデカドロンの投与を始め、その後は通院で継続する。

僕らの生活に、抗がん剤治療との付き合いといった新たな側面が追加されることになった。

CBD抗がん剤の投与を開始 [骨髄腫]

連れ合いが入院して抗がん剤の投与が始まる。多発性骨髄腫の根本治療はないから、抗がん剤で進行を抑える試みをするのだ。抗がん剤にはいろいろあって、その選択や組み合わせで有効性が高いとか低いとかの違いが出てくると言われている。

今回やるのは、CBD療法と言う、比較的新しい組み合わせによるものだ。Cとはシクロホスファミドでエンドキサンという薬品名で知られるものだ。一番古くから使われている抗がん剤で、毒ガスを起源としている。毒ガス兵器であるマスタードガス(イペリット)を積み込んだ輸送船ジョン・E・ハーヴェイ号の事故から、マスタードガスに白血球を減少させる働きがあることがわかった。DNA合成を阻害して細胞分裂を抑制する。毒性を軽減して薬剤となったのがシクロホスファミドである。

Bはボルテゾミブで薬品名ベルケイド。これが今回の中心となる新しい抗がん剤だ。ガン細胞はいろんな異常たんぱく質を作り出すのだが、こういった異常蛋白質が多く溜まってくると、がん細胞は動きを止めてしまう。通常は、異常なたんぱく質はプロテアソームという酵素複合体によって分解されるためにがん細胞の活性が維持される。だからプロテアソームの働きを阻害すればがん細胞は不活性になる。ボルテゾミブはプロテアソームを分子標的として開発された新薬だ。

そして、Dは、デキサメサゾンでデカドロンとかレナデックスという薬品名になる。一種のステロイド剤だから抗炎症作用があるものだ。プレドニンなどといった一般的なステロイドより、かなり強力なものである。ボルテゾミブの効果を高めることができると言う。少し前まではBDだけだったのが、最近ではCBDの組み合わせになったようだ。

CBD療法はかなり強力で、ガン遺伝子が検査では見えなくなるほどに減少させることができる。しかし、その反面、副作用が強く、中でも末梢神経麻痺が問題だった。ベルケイド治療で足が動かなくなってしまう事がしばしばあった。この原因が点滴で一気に注入することにあるとわかって、皮下注射にして、ゆっくりと体内に広げていくことが始められたのは最近のことだ。皮下注射になってからは末梢神経麻痺が起こる確率はかなり下がった。とはいえ、気を付けなければならない副作用であることは変わらず、入院して経過を見ながら進める必要性はここになる。強い便秘などといった副作用は一般的だし、間質性肺炎の発現もある。

抗がん剤で叩いても、やがてはまた復活してしまうのが多発性骨髄腫の厳しいところなのだが、自己末梢血幹細胞移植という手法が使えるとがん細胞の復活をかなり抑えることができる。CBDで寛解状態になったところで、造血幹細胞を採集しておく。そのあと、これも抗がん剤なのだが、メルファランという薬で白血球を徹底的に減らしてしまう。白血球が無くなると免疫力が無くなるので、無菌室に入らねばならないのだが、この状態で、取っておいた造血幹細胞を移植するのだ。

普通の細胞移植は健常な人からの移植なのだが、他人の幹細胞は異物として認識され、免疫で排除されてしまう問題がある。自分の幹細胞ならそういったことは起こらない。造血幹細胞から生まれてきた血球はほとんどが正常な血球になるというのがこの治療の本旨だ。もちろん、がん遺伝子を根絶することは出来ないのだが、数さえ減らせれば、次にまたがん細胞が増えるまでに長い時間が稼げる。人によってはこれが10年以上にもなることがある。

発症時に聞いたことでは、こういった細胞移植は若い人でないとできず、65歳の上限を超えている場合は駄目だと言われたのだが、CBDの改良などがなされて、考え方が変わって来たらしい。69歳でもできる可能性があるそうだ。うまく、CBDで寛解状態に持って行け、うまく肝細胞の採集ができるかどうかだろう。あとは、は血球がなくなることに耐えられる体力の問題だ。

なんとかうまく行ってほしい。留守番の僕は、40年ぶりでしばしの一人暮らしとなる。


抗がん剤は副作用との闘い [骨髄腫]

多発性骨髄腫になった連れ合いのCDBカクテルによる抗がん剤治療が始まった。いろんな検査をして、投与が始まったのは入院3日目である。重篤な副作用が懸念されるので入院して様子を見ながら投与を進めるのだから、当然副作用があると予告されているようなものだ。しかし、実際には投与の当日も、その翌日も、これといった副作用は現れなかった。めでたく、一週間で退院と言うことになった。

抗がん剤も進歩している。ベルケイドの副作用で下半身不随といった重篤な副作用があった当時は、点滴投与だったのだが、今では皮下注射になって、そういったことはめったに起こらないらしい。一気に血中濃度が高まるのではなく、皮下から徐々に体内に吸収されて行くことで、作用がなだらかになったのだ。他の薬剤、エンドキサンもレナデックスも経口投与だから、やはりなだらかな作用だ。抗がん剤治療もかつてほど副作用にさいなまれることはなくなったと思われた。

ところが話はそう簡単ではなかった。問題は、退院してから、投与5日目から始まった。倦怠感が高まり、嘔吐、便秘、食欲不振が症状として現れた。まだ副作用が収まり切らない、7日目に第二回の投与があったから、症状が軽くなることはない。むしろ積み重なって行く。これは「なだらかな作用」の盲点だった。

医者的立場からは重篤というレベルのものではないかも知れないが、続くとなかなかつらい。便秘は定期的な下剤でなんとかなったが、倦怠感、食欲不振は収まらない。嘔吐は出たり引っ込んだりする。脊椎、腰椎の圧迫骨折による痛みも重なるから、全く元気が出ないのも当然だろう。

しかし、ここはなんとか耐え忍ぶしかない。やはり抗がん剤治療は、副作用との戦いなのだ。嘔吐しないように、おかゆなどを少しづつ食べて体力を維持する。4回目の投与の後は一週間の休みになるから、その間に、さらなる体力の回復を図らねばならない。これで1クールが終わり、4クールにわたって治療を続ける。なかなかの長丁場だし、そのあとは自己幹細胞移植に向けてのさらなる過酷な治療が控えている。

頑張れ僕の配偶者。僕もなんとか彼女を助けたい。家事はなるべく僕が引き受けるようにしようとしているが、出来栄えが彼女の基準には満たないらしい。痛みを堪えて自分でやろうとする。しかし、それではいつまで経っても圧迫骨折が治らない。だから、押しとどめようとする僕との間で衝突が絶えない。この状態が続いて彼女も怒りっぽくなっている。

シャツを前後ろに着てしまったのは、たまたまに過ぎない。それを「あなたがしっかりしないのが一番病気に悪い」なんて言われてもなあ。やっぱり、抗がん剤治療は副作用との戦いであり、家族も巻き込まれる。僕もまた戦いのさなかにあるのだ。

抗がん剤にねを上げた [骨髄腫]

連れ合いの抗がん剤治療。致命的に大きな副作用は出ていないのだが、嘔吐と倦怠感が続いている。水曜日に投薬して、金土日が厳しい。4週やって1クールが終わり、2クール目まで一週間の休みがあるかと思っていたら、休みなしだと聞かされた。金土日以外もなかなかすっきりしない。これがあと3クール続くとなると気が滅入ってくる。これに圧迫骨折の痛みが重なっている。

4週間に1回の休みを実は心待ちにしていた。温泉にでも出かけてゆっくりするのもいい。美味しいものを食べるのもいい。ところが連続投与ということになると、これらは全て取りやめだ。嘔吐と倦怠感では、それどころではない。休みなしのあと3クールだから6月まで苦しさは続く。苦しさに音をあげて、主治医に相談したら、エンドキサンをやめてみることになった。一時的にBD療法への変更である。

白血球が減少することもなく、数値的には副作用なしで、IgGもβマイクログロブリンも確かに減っていて効果は見えているのだから主治医は残念そうな様子だ。しかし、QOLの低下は見ていても痛々しい。せめて圧迫骨折の痛みから解放されるまでは、抗がん剤投与は手加減する必要があると思う。

生活面での困難については、「家事代行サービス」と言うのを試してみた。申し込んでみると、スケジュールの調整がつかないと言うことで、すぐには来てくれない。お試しだからということで、割と元気であまり必要性がない日ではあったが、短時間来てもらうことにした。朝のゴミ出しを頼んだのだが、8時には来てくれず8時半である。ルール違反ではあるが実質的にはゴミ収集車が来る時間は8時半でもなんとか間に合う。個別収集ということもあると教えてもらったので、いよいよとなれば市にお願いしようと思う。

短時間のサービスは効率が悪いことがわかった。来るとまず契約内容・免責事項の確認とかで説明に時間がとられ、契約書へのサインとか事務手続きが結構かかる。石油ストーブへの給油はやったことがないそうで、缶を溢れさせて床が石油だらけになり、この後始末に多くの時間を費やすことになった。こういった時間がサービス時間に含まれることは契約書に書いてある。契約時間の10分前には作業を切り上げると言うからさらに時間は短くなる。

やって来たのは若いお兄さんで、物腰は丁寧だが、調理を頼んだりできる人ではなさそうだ。しかし、慣れれば石油入れとか、ゴミ捨て、床掃除はやってもらえそうだ。これくらいの事は体調が良ければ造作もないことではある。僕の足が痛むかどうかはなかなか予測がつかない。一週間前に予約しなければいけないということは困りものだ。定常的にサービスが必要となれば、多分介護保険のケアマネージャーに相談することになるだろう。

抗がん剤の効きが今少し [骨髄腫]

連れ合いの骨髄腫治療はCBD療法で始まった。入院中は何の副作用も現れず楽勝かと思われたのだが、次週から嘔吐、便秘、倦怠感にさいなまれることになったし、全く食物も喉を通らない。副作用に音を上げてしまい、Cつまりシクロフォスアミド=エンドキサンをやめてBD療法に切り替えることになった。これでなんとか治療を継続して4クールつまり16週の治療がもうじき一段落する。

毎週の病院通いもなかなか大変だ。病院はうちから近いのだが待ち時間が長い。抗がん剤の投与は、一般外来ではなく、化学療法センターでやる。連れ合いの場合、皮下注射だから1分で終わるのだが、多くの患者さんは点滴だから何時間もかかる。順番を待つと長い。1分の注射に2時間も待つのは不合理だとは思うが、皆さんそれぞれに必死の思いで投与されているかと思うと、先にやらせてくれなどと言うわけにも行かない。

水曜日にベルケイドの皮下注射をしてレナデックスを10錠飲む。副作用が現れるのは金曜日で、週明けには楽になるのがパターンになった。だんだん慣れてくるから、2週目頃からは嘔吐することはなくなったし食欲も出てきた。金土を除いて倦怠感も薄れてきて、時々は買い物にも出かけられるようになってきた。しかし、3か所の圧迫骨折が痛むからオキシコンチン(麻薬)を処方してもらっている。これはガン患者にだけ許されている処方だ。

痛み止めは良く効くのだが、これが過信を生む。3か所目の圧迫骨折は階段で転んで発生した。その後やっと痛みも少し収まってきたので、オキシコンチンを減量することになった。これがまた問題で、3ヶ月も麻薬を続けていると離脱症状が強い。また嘔吐、ひどい倦怠感、下痢で寝込むことになってしまったが、これは耐えるしかない。寝込んだのは3日くらいで、そろそろ起き出してはいるが、腰の鈍痛が続く。まあ、食欲は出てきてなんとか食べられているから、もう少しの辛抱だろう。

この間、僕は随分と家事の修行を積んだ。買い物に行って食事を準備し、ご飯も炊く。片付けやゴミ出しなどもやるのだ。今までこういうことを全くやってなかったのだが、これで40年間、いかに彼女が大変だったかよくわかった。当たり前なのかも知れないが、ゴミが出たらほったらかしにせず、ゴミ箱に入れるようになった。

さて、問題は抗がん剤の効き方だ。治療開始前6200まで上がっていたIgGは2500まで下がった。4.8だったマイクログロブリンは2.5まで下がった。しかし、目標の寛解には程遠い。しかも、3クール目以降、変化が鈍化している。FLCに至ってはまだκが測定領域に入らないくらい高い。4クールで一応終了の予定だったのだが、これでは幹細胞移植に進むわけには行かない。

僕は白血病(CML)でチロシンキナーゼ阻害剤を処方されているが、この効果は劇的なものだった。しかし、すべての抗がん剤がこんな効き方をするものではない。同じ分子標的薬でも奏効率94.5%などと言うのは驚異的な例外らしい。半数の人には効いて半数の人には効かないのはむしろ当たり前のことなのである。そのためにいろんな抗がん剤の組み合わせが工夫されている。連れ合いの場合もまだ試行錯誤が必要なようだ。

次に打つ手として、BDにリナリドミドを加えた療法で継続することになった。BDLということになるが、そうは言わずVRD療法という。一般名bortezomibだが実際にはVelcadeしかないのでV。lenalidomideも薬品名RevlimidのRを使う。dexamethasoneはいくつかの薬品があるので一般名のままらしい。負担の大きい抗がん剤治療がまだ続くのだから、がっかりではある。しかし、ものは考えようで、治療を始める間際には検査値が急激に上昇していたから、それを抑えてここまで減ったということは、「効いている」という判断になるのかも知れない。

VRD療法はVTDと言ったりもする。Tはthalidomideのことだ。レブラミドは胎児に奇形を生じることで騒ぎになったサリドマイドを少し改良したものなのである。連れ合いの場合、もう出産することはないから問題はない。しかし規制は厳しく、絶対に横流ししないようにビデオを見せられての教育を受けて宣誓しなければならない。事前のリサーチではレブラミドの追加で奏効率も高まるし、副作用も少ないことにはなっている。なんとか効いてほしいものだ。

僕の家事修行もまだ続くから、そのうち、名人になるかもしれない。

やっと効いて来た抗がん剤 [骨髄腫]

我が連れ合いの多発性骨髄腫。BD療法で4クールが終わったが、検査数値は期待したほど下がらなかった。そこでレナデックスを追加することになった。今度はVRD療法(ベルケイド+レナリミド+レナデックス)を試みるのだ。レナデックスの副作用は倦怠感と眠気だ。一日中ボーッと過ごして元気がない。

連れ合いはとにかく口うるさい。「食べ物をこぼすな」「ティッシュはごみ箱に入れろ」「ひげを剃れ」、夫の躾を担当しているつもりだ。僕もそれに慣れてしまっているから、ボーッと座って何も文句を言われないのが、なんとも頼りない。あれだけ嫌だった口うるささが復活してほしいものになってしまっている。

彼女の趣味は読書と手芸だ。暇があればミシンをを掛けたリ編針を取り出していたが、根気が無くなりそれが出来ないらしい。読書もやはり倦怠感が阻害する。僕とは趣味が違って小説の類を毎週何冊も読んでいたのに、最近は全く読んでいない。

身体に影響はないが、味覚障害と言うのも気持ちの上では影響の大きな副作用だ。どこにも出かけたリできないし、読書もダメとなると、食べる楽しみが救いになるはずなのだが、何を食べても味がないのでは困る。変化のない毎日が続くから、娘が気を効かせて温泉に連れ出してくれたが、景色もお料理も楽しめず、家に帰りたいと言う。車に乗って移動するのも楽ではないらしい。それでも孫たちと過ごせたのは良かったようで喜んではいた。

そんな中でも、全く進展がないわけではない。VRDへの切り替えと同時にゾメタで圧迫骨折の損傷回復を図った。ゾメタは骨粗鬆症の予防的なものだが治療効果もあるとされている。これが効いたのか、痛みが少し和らいだのは朗報だ。こちらの副作用は嘔吐だが月一回だから我慢できる。

痛みが和らいで来たら麻薬オキシコンチンの減量をするのだが、離脱症状が出てくる。60mgから40mgに減らしたときは、激しい下痢と嘔吐が3日ほど続いた。40mgから30mgの時は1日で済んだ。30mgから20mgは嘔吐なしで減らせた。まだ痛みはあるのだが、あと一息で麻薬をやめてコルセットも外せるようになるだろう。

なんとかVRD療法の1クール終わって検査結果が出た。検査数値は明らかな改善が見られた。IgG1482、βマイクログロブリン2.4。どちらも正常領域に入った。フリーライトチェーンはκ/L=545だからまだまだ高くやっと測定できるところに来ただけだ。道は遠いが寛解を目指してVRD療法を4クール続けることになった。

効果があったのはいいのだが、この副作用があと6週間続くとなるとなかなかつらいものがある。へばり気味の連れ合いを励ましての毎日が続く。

戦果は出ている、けど味方の消耗も激しいーー抗がん剤投与 [骨髄腫]

我が連れ合いの多発性骨髄腫。VRD療法3クール目になった。BD療法で行き詰まり停滞していた数値も再び下がりだした。IgG1121、これは正常範囲に入った。βマイクログロブリン2.3、あと一息で2を切ることができる。感度の良い、フリーライトチェーンはまだκが1360だからとんでもなく高く、κ/λも97だから1.4には程遠い。しかし、一か月前は545だし、その前は高すぎて測定不能だったことを思えば相当な改善だ。

ただ、症状としては悪化が進んでいる。副作用で一日中寝込んでいる日が多くなった。圧迫骨折の痛みが続いており、コルセットをつけてオキシコンチンを処方されているが、これも長い。骨折はそろそろ治癒してきてもいいはずだ。コルセットの圧迫感も長引くとつらい。しかし、痛みを感じない状態でコルセットを外すのは危険だ。また他の骨折をしたのでは元も子もない。

痛み止めの麻薬オキシコンチンを6錠から3錠さらに2錠に減らしてきた。減らしても痛みは、そんなに増えないから多分圧迫骨折は治癒してきているのだろう。炎症反応を示すCRPも下がってきている。しかし、減らすたびに強い離脱症状が出る。今回とうとうゼロにした。1錠2回を急にやめてしまうのはきついと思ったのだが先生は「1錠以下はありません」というころで、半錠という提案は没になった。

案の定、やめた翌日から3日に渡って吐きまくり、夜中も嘔吐で寝られず、体中に痛みが出てくるし昼間も倦怠感にさいなまれることになった。何もする気がなくなる。離脱症状は一時的なものであるが、倦怠感などの副作用は持続する。おそらくレブラミドの副作用だろう。食欲もなく体重がかなり減って来ている。気力も減退して弱気なことを言いだした。

体力の消耗が激しいが、あと2クール。なんとか持ちこたえて、寛解に持ち込み自家幹細胞移植に持って行きたい。ガイドラインによれば65歳以下が対象なのだが、治療開始の時に、元気だから持ちこたえられるという判断だった。今なかなか微妙なところに来ている。年齢で対象外としているのにはやはり理由があったのだ。「我敵陣ヲ突破セリ、サレド味方ノ損傷ハ極メテ多シ」といったところだ。
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