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外洋フェリーで車ごと移動する旅(1) [四国旅行]

九州・四国に気ままな旅をしたい。酸素濃縮機や呼吸器を抱えて、場合によってはキャンプもしたいと言うのが旅に対する要求なのだから、車で行くしかない。やっとインフルエンザから立ち直り、検査結果によっては入院手術になるかもしれない身でこんなことを考えるのは身の程知らずではある。

それにしても、九州は遠い。九州を回るのはいいとして、そこに至るまでが大変な長距離ドライブになる。しかも戻ってこなければならないのであるから、うんざりする。飛行機で行ってレンタカーが一番いいことはわかっている。今や早く予約すれば福岡まで1万円以下で飛べてしまうのだ。しかし、大荷物のことと、スケジュールに縛られない自由度のことを考えると、自分の車で行きたいと言う思いは捨て難い。

そこで外洋フェリーということを思いついた。フェリーで車ごと九州に行ってしまうのだ。昔、これからはフェリーの時代だと派手に宣伝していたことを思い出した。豪華客船が流行っているから、フェリーでも楽しい船旅が出来れば一石二鳥だ。

ところがである。今日この外洋フェリーというのは、大きく廃れてしまっている。瀬戸内海に橋がかかったり、高速道路料金が値下げされたりして競争力を失ったのだ。東京高知、東京宮崎などといった航路は全部廃止された。東京から西に向かうフェリーは、「オーシャン東九フェリー」一社だけで、豪華客船などと比べると極めて小さな1万トン程度のものだ。

中身的にもかなり寂しい。徳島に寄航して門司まで2日かけて行くのだが、船内に食堂すらない。自販機が設置してあるだけだから、とても優雅な船旅というものではなさそうだ。運転手が乗らない荷物だけ積んだトラックの輸送が主で乗客は極端に少ない。どうも、この「うらぶれた」雰囲気が好きだというフェリーマニアが乗るもののようだ。

関西から九州へは、「阪九フェリー」「宮崎カーフェリー」「名門大洋フェリー」「フェリーさんふらわあ」などと沢山あり、まだしも健在と言える。関西九州は、瀬戸内海を通ればほぼ直線で、夜乗って朝には到着というスケジュールが設定されている。寝ているあいだに運んでくれるのだから時間効率も悪くない。しかし東京関西は、東京湾の混雑を抜けて、紀伊半島をぐるりと回る遠道にならざるを得ない。夜出ても、着くのは翌日の夕方になる。それなら東名を走って、そのあとゆっくり休んだ方が良いということになるのだろう。

値段的なことを考えると、僕の場合、障害者割引があるから、レンタカーではなく、自分の車を使った場合は高速料金が安くなる。フェリーにも割引が適用される。飛行機にも割引はあるのだが、それは正規料金に対するもので、早期に予約した切符のほうがはるかに安い。計算してみると、10日以上レンタカーするなら、フェリーで行ったほうが安いことがわかった。

北九州まで一気にフェリーで行き、九州を回って、四国に渡り、四国を巡って関西から寄り道をしながら、東名高速で帰ってくるという二週間の壮大な旅行計画になる。果たしてこんな旅をする体力があるだろうか?まずそれが問題なのだろう。来週、腫瘍マーカーの検査結果が出てくる。場合によっては旅行どころではなくなる。

それでも、いろいろと旅に思いをめぐらすのは楽しい。ここしばらく、ああでもないこうでもないと調べてみることになるだろう。

外洋フェリーで車ごと移動する旅(2) [四国旅行]

九州四国を車で巡るという壮大な計画を立ててみたが、結局縮小して四国だけを巡ることにした。検査結果は思わしくないのだが、不思議と体調は良い。この旅行の徳島まではフェリーだ。日本のフェリーが寂れていることを書いたが、東京から徳島のフェリーは、新造船が就航したばかりで、気持ちよく乗れることを期待して申し込んだ。当日になって、シケで船足が遅く、3時間ほども到着が遅れそうだという「親切な」電話が入った。やはり乗客は少なそうだ。

夜出て、到着は翌日の夕方なのだけれども、船内に食堂はない。食料持参で乗船する。酸素ボンベ3本、酸素濃縮機、呼吸器、それに途中でピクニックすることも考えて、テーブルや椅子まで積み込んだ。車だから荷物はいくらでも積める。これがフェリーの良いところだ。新造船は「シンプルフェリー」と銘打って、2等船室しかない構成だが、体が不自由だと言えばバリアフリールームを用意してくれる。ベッドがある2人部屋なのだが、特に費用はかからない。隣にバストイレもある。

船内は、広くゆったりとしていて静かだし、落ち着いた雰囲気だ。定員148名だそうだが、乗客はざっと数えて30人。トラック輸送に使われているのだが、どうも運転手は乗らずトラックだけを運ぶようだ。だから乗客は乗用車の人達ばかりだ。自転車で乗る若者もいるが、どちらかというと年配者が多い。ロビーには色んな自動販売機が並んでいて食堂の替わりになる。電子レンジがあり、お茶や調味料などはサービスされるから不自由はない。

シケで揺れることを覚悟していたのだが、それほどでもなかった。寝ていたからわからなかったのかも知れない。夜が明けて紀伊水道を通ってからは、波静かなものだった。暇な時間が長いのだが、たまにはこうして、のんびり過ごすのも悪くない。

陸地からそう遠くないところを航行するので、ネットはつながることが多い。窓際でコーヒーを飲みながらパソコンを開いてこうした文章を書いたりした。のんびりと過ごせるから高速道路をひた走るよりも、はるかに楽だ。

電話での申し込み受付は平日の午後3時までしか開いていないという交通機関として考えられないような古い体質を残したままだということで驚いたのだが、フェリーの旅は、効率とか急ぎとかを超越していると理解すべきだ。

徳島に着いたのは四時。鳴門の渦潮とか大塚国際美術館の予定には時間が遅すぎた。鳴門海月と言うホテルに直行した。二人で11,000円の安い部屋に泊まったのだが、ぬるい目の温泉が良かった。サービスの点では、いまいちではあった。

連休明けのオフシーズンではあったが、人出は少なく、鳴門の渦潮も、観光の目玉としては人気もたいしたものではないように思えた。渦潮の規模も、そう大きなものではなく、陸から見れば、ただの白い波でしかない。遊覧船にのって近くで見ると、なるほど渦だとわかる。四国本土連絡橋が出来てからは、橋の上からも見えるようになったので、ことさら船で観るひとも少なくなったのではないだろうか。

実はその昔、自転車で来て、フェリーからこの渦を見たことがある。僕も元気だったわけだ。

寂しい四国の東海岸 [四国旅行]

鳴門の渦潮を見て南に下る。大塚国際美術館は日本一高い入館料を取る美術館なのだが、人気はなかなかのものらしい。世界の名画が、全て見られるというのだが、本物の作品は一点もない。名画の複製が置いてあるだけだ。今回はパスすることにした。

徳島県は人口が北部に集中している。四国の東海岸は、阿南市から室戸岬まで何もない寂しいところだ。120kmにわたって、ただ海岸が続くだけで、人口一万を越える町はひとつも無い。歴史的にも注目されたことがなく、室町時代に、畿内の木材が枯渇して、この地方から木材を切り出したことがあるだけだ。どこも、田舎の町には、古くからの暮らしがあり、誇らしげに「郷土博物館」などがある。しかし、ここにはそれを1つも見つけられなかった。平地がないのでは住みようがない。魚を買う人がいないのでは、漁港も成り立たない。美しい海岸ではあるが、観光の目玉がないから人は来ない。

田舎暮らしにあこがれる人が多いそうだが、それにはここが一番いいのではないだろうか。田舎であるという点ではまったく申し分がない。しかし、田舎暮らしは楽ではない。意外な事実としてわかったことは、田舎暮らしには金がかかるということだ。交通は不便だから、絶対車がいる。ガソリンは異常に高い。スーパーに売ってある食料品まで一様に高い。食品も工業製品であり、流通経路の末端にあるからだ。野菜も最近は輸入や遠隔地を産地とするものが多いから当然高い。無農薬野菜などは、都市近郊でしか作っていないから入手さえ難しい。

もちろん高速道路はないから、普通の道を走る。海の景色は十分に楽しめる。断崖絶壁ではなく、広々とした海につながるのは岩肌だが、時として砂浜が広がる。海岸は高知県につながりさらに続く。室戸岬が県境なのではない。かなり走ってから室戸岬にたどりついた。室戸岬は、地図で見ると尖がった岬なのだが、実際には500mくらいの丸みがあり、岬をピンポイントすることは難しい。岩礁があってこれも岬の位置を不明確にしている。

岩だらけの海岸にベンチがあり、ここでコーヒーを沸かした。波の音を聞きながら、海を眺めてコーヒーを飲むのは最高に美味しい。至福の時を過ごした。例によって、アルポットを持ち出し、特製の「携帯用ドリッパー」を使った。最近この「携帯用ドリッパー」に凝っており、たたんでポケットに入れられる試作品を試して見るのも、今回の旅の目的の一つだ。これをネタに商品化して、会社を立ち上げることまで考えているのだ。

すでに高知県には入っている。室戸岬を回って四国の南海岸になると、今度はやたら歴史が強調される。少しの平地があるだけで、がらりと雰囲気が変わる。古くから人が住み着き、半農半漁の生活が営まれていたのだ。土佐の土地には価値があり、その支配権をめぐって、各地で土佐七雄といった豪族が跋扈した。このあたりは安芸氏が支配していたが、長曽我部が土佐を統一した。

奈半利という変わった名前の町で泊まった。語源はよくわからないのだが古くからある地名で、交通の要衝であったことは間違いない。港があったし、山越えで、甲浦方面に抜ける野根山街道もあった。紀貫之の土佐日記にも「那波の泊」として出てくる。予約もなく飛び込んだホテルだけれども、清潔だったし、安かったから良かった。

飽きず見る室戸岬の岩礁は波に洗われ見え隠れして

素晴らしい海 足摺岬 [四国旅行]

奈半利に泊まって翌日は高知、足摺岬を目指す。高知には両親が20年ほども住んでいた。父の勤務のために移住して、僕も1年半をここで過ごしたから、いまさら観光スポットに行くまでもない。2,3の友人と会うだけだ。定年を越えて、いまも学生たちを指導して元気に活躍している友人、まさかの高知帰りで、教会牧師をしている友人。話が弾んで、高知を出たのは午後になっていた。

本当はここで2,3日ゆっくりして、住んでいた家の周りや、通った学校なども見たかったのだが、病院での検査予約が入ってしまい、帰りが限定されてしまった。陸路を辿ることで、数えて見ると結構日程が詰まっていることに気が付いた。

足摺方面を目指すのだが、高知からの高速道路は四万十町までしか行っていない。ここから四万十市を通って足摺岬への道は下道だ。四万十町は、もとの窪川で、四万十市はもとの中村だが、両者四万十の名前を譲らず、両方あると言うのだからややこしい。こういったこだわりが如何にも高知らしい。高知には独特の生活文化がある。

普通は、軽オートバイのことを「バイク」という。高知では「モーター」という。アイスクリームも高知では「アイスクリン」だ。方言が失われている地方もあるが、高知で土佐弁はしっかり健在で、立て札まで「芝生には入られん」と方言で書いてある。これが普通の日本語であり、方言という認識はないのだ。四国山地で囲まれ、土佐が一つの国であった名残だ。

足摺岬に着いたのは、もう夕暮れ時だった。海と夕日が美しい。またここでコーヒーを飲んだ。この景色を見てコーヒーを飲まずにおられるか。足摺岬の灯台のところが、ちょっとした広場になっており、ここでコーヒーを沸かした。妙なものだが、自分のコーヒーの味に満足感を覚える。

人がいない。連休明けのオフシーズンではあるが、観光客が見えない。空港から車で4時間はかかる。列車は、廃線に近い状態で、四万十市までしか来ていないから交通が極めて不便なのである。そのかわり、海は絶対に美しい。コートダジュールで地中海の紺碧の海と岩肌に感激したこともあるが、ここはそれ以上だ。シシリアの海の透き通った青さに驚いたこともあるが、ここはそれ以上だ。沖縄など目ではないのに観光客は少ない。まあ、逆にそれがいいのかも知れない。海の景色を見るなら足摺岬、特に「竜串」「見残し」の海岸は素晴らしい。

岬に近い、温泉旅館に泊まったが、宿泊客はほとんど我々だけの様子だった。丁寧な対応で、料理は、刺身、天麩羅、焼き魚といったありきたりのものだが、魚の新鮮さが違った。どれも美味しい。なかでも鰹のタタキは絶品だ。最近は高知でなくとも鰹のタタキが食べられるが、本物ではない。ダシが全く違うのだ。高知では、それぞれの料理人が秘伝の味を持っている。

あくまでも透き通った海の色飲むコーヒーは格別の味

やはり四国は遠いとこ [四国旅行]

足摺岬を楽しんだあと、松山を経て帰り道になる。グーグル地図で見ると松山から4時間半で行けることになるが、実際には宇和島までで4時間かかる。曲がりくねった海沿いの道はなかなか進まない。足摺岬周辺を散歩して昼食後に出発したので、松山に着いたのはもう夕方だった。松山城に行ったら、ケーブルカーの運転時間が過ぎていて登れず、それではという事で、ぼっちゃん団子を食べに行ったら、もう団子屋は閉まっていた。

松山は散々だったが、ここからの帰宅道は遠い。夜ではあるが、しまなみ海道を通って尾道に渡り、岡山まで行くことにした。岡山のビジネスホテルにたどり着いて寝たのは、もう真夜中だった。

今は岡山市に編入されてしまったが、備中高松は我が家の先祖が300年に渡って暮らしたところで、父母の墓もここにある。墓参りもしておかねばならないのだが、これがなかなか大変だ。墓地は山の上にあり、車の通れる道はないから、かなり登らねばならない。酸素ボンベを担いで、杖をついての登山ということになる。江戸時代初期からの墓がいっぱいあるのだが、墓石の腐食は案外早いもので、文政以前のものは、ほとんど読めない。

山から下りてきたらもう昼だ。ここから関東まで高速道路を走っても一日はつらい。途中、蓼科に一泊することにした。神戸の妹が蓼科の別荘に滞在しているというから会っておこうと思ったのだ。連絡を取ったら、別荘でなくホテルにいると言うことだった。別荘は管理が大変だ。掃除、草取りなどをして、最後はホテル泊まって疲れを取るのだから、何のための別荘だかわからなくなる。

蓼科も自然が美しいところだけれども、保養地だからおしゃれなレストランやカフェもあって、四国の雰囲気とはまるっきり違う。やはり、都会人はこれが好みらしい。四国がなかなか観光地とならないはずだ。翌日、高速道路で無事帰宅。半日もかからず、なんと手近なことだろう。

やはり、四国は遠い。辺境の地だからこそ行って見る価値がある。酸素ボンベを持ち歩かなければならない病身で四国を巡ることができたことに感謝したい。達成感、満足感が得られる旅だった。

サイダーを飲み干そうと上を向く 白い雲あり青空の中

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