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(1)太平洋横断の船旅を企てる [太平洋横断]

旅行に行っていつも感じるのは、日本人の少なさ。十年前は、どこに行っても日本人の観光客ばかりだったような気がする。不況で生活が苦しくなったせいだろうか、あるいはネットやハイビジョンが普及して外国に行かなくても、様子がわかるよになったせいだろうか。ともかく、日本人の外国に対する興味は減退している。留学生も減った。バブル期に形成された日本は大国で外国から学ぶことなんかないといった傲慢さが影響しているのかも知れない。

学ぶ気持ちがなくなれば進歩は止まる。日本は外国から学ぼうとする知識欲に支えられて来たことを今一度思い返すべきだろう。鎖国から目覚めて以来、日本人は旺盛な知識吸収力を示したことで知られる。木村摂津守の遣米使日記とか福沢諭吉の咸臨丸航海記は、とても興味深い読み物だ。こうした人達の知識欲が今日の日本を築いた原動力になったことは疑いがない。僕らは太平洋の横断と言うことに特別な意味を感じる。堀江謙一さんの「太平洋ひとりぼっち」に夢の広がりを感じるのはそのせいだ。

現在、太平洋の横断という意識はなく、飛行機に乗れば、10時間くらいで、アメリカに行けてしまう。しかし、太平洋横断と言うならば、やはりそれは船で行かなくてはならないと思う。懲りないもので、僕は、少し体調が良くなるとすぐに、こんなことを考えてしまう。実はまだ歩けばふらつくし、検査数値も微妙なところだ。

飛行機はいくらでも飛んでいるのだが、船で太平洋を横断する手立てはあるのだろうか?調べてみると、不定期だが、航路はある。セレブリティ・ミレニアムという大きな船が、年に一度バンクーバーから横浜への航海を予定している。

まだ先の事だが、孫の顔を見にサンフランシスコに行って、帰りはバンクーバーからの船に乗って見よう。2週間以上も、海ばかり見て暮らす長い航海になるが、咸臨丸の航海に思いを寄せて、ゆっくり過ごして見るのも悪くない。毎日、食事もついているのに、費用は航空券とたいして違わない。来年の今頃、はたして旅行できる体調にあるのかどうか気にはなるが、ともかく計画を進めて見ることにした。

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(2)片道航空券は、とんでもない高値 [太平洋横断]

バンクーバーから横浜の船はclelbrity millenium という91000トンの、いわゆる豪華客船だ。夏場はアラスカ航路で運行して、秋以降は季節が逆転するオーストラリア周辺で運航する。この切替で、太平洋を渡って、日本、シンガポールを経てオーストラリアに行く。回送(repositioning)のための航海にも乗客をのせるが、これは普段よりも安い。宣伝を見ると16日間3食付きで900ドルであるから飛行機よりも安いくらいだ。しかし、実際には、寄港税とかチップとかを払うから、1200ドルくらいになるだろう。それでも、14日間3食付きだから激安ではある。

この船に乗ろうというのが今回の企てだが、そのためには当然バンクーバーまで行かねばならない。実は、これが問題なのだ。アメリカ西海岸までは夏休みのハイシーズンでも往復で12万円くらいが相場だが、片道はその半分と言うわけには行かない。いわゆる格安航空券というのは、全部往復券なのだ。ANAで片道航空券を探してみたら、なんと正規運賃40万円と出てくる。冗談ではない。これでは、せっかくの激安船旅が台無しだ。

最近はLCCという安売り航空も出てきているが、意外とアメリカ航路には見当たらない。僕の場合は、酸素ボンベが必要だというやっかいな条件もある。大手航空会社は、呼吸障害への配慮もあるのだがLCCは、こういった経費を節約して料金を下げるというのが主旨だから面倒を見てくれない。さらに酸素ボンベは危険物だということで制約が増えて来ている。アメリカでは、携帯用酸素発生器(POC)の普及で、ボンベを禁止するようになった。しかし、10時間の飛行となると電池が持たない。航空会社では大量電池付きのPOCレンタルを紹介してくれるのだが、この値段が高い。ボンベの場合は一本1万円くらいで済む。

と言うわけで、呼吸障害のある人は、米系以外の大手航空会社に限られることになる。ヨーロッパ方面なら、エミレーツ航空が素晴らしいサービスをしてくれて、酸素ボンベは無料というアラブの王様ならではの太っ腹を見せてくれる。しかし、アメリカへ行くとなると、実質的にはJALかANAで、そうすると片道はとんでもない高値になる。往復を買って、帰りは切符を捨てるなどということも、現実味を帯びてくるし、エミレーツでドバイ経由という遠回りまで考えられる。

妙案として思いついたのは、マイレージ特典を使うということだ。マイレージなら片道は往復の半分で済む。JALは、この4月からマイレージで片道航空券を発券できるようになった。僕はスターアライアンスでマイレージを貯めているのだが、UAは数年前から片道発券をしている。しかし、残念なことにANAはまだ往復しか発券しない。窮余の一策はないものかと思案していたのだが、裏ワザ的なやり方が見つかった。UAでANAの発券をするというやり方である。ANAは片道を認めていないが、UAは認めているから片道発券ができる。同じスターアライアンスだから相互に発券もできるのだ。

そんなことで、片道切符の入手もできるめどが付いた。クルーズの申し込みは、cruise.comとかvacationstogoとかのクルーズサイトで申しこめば、ポチッとボタンを押すだけだから簡単だ。cruise.comのほうが少し高かったのだが、「チップ無料」とか「寄港地観光無料」とかの特典付きと書いてあったので、これにつられてこちらで申し込んだ。ところが、実はこれが失敗だった。

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(3)予約をキャンセルして安く仕切りなおし [太平洋横断]

クルーズの代金は、単一ではない。本来の代金の他に付加されるものがある。今回の場合このようになっていた。航空券に燃油サーチャージが加算されるのと同じ仕掛けだ。

クルーズ料金(Cruise Rate) $604.00
港湾使用料(Port Charge) $375.00
政府諸税(Government tax) $156.58
前納チップ(gratuity) $194.25

見てわかるとおり、むしろ本体より付加される料金のほうが高いくらいだ。だから、単に「クルーズ料金」だけで比較できない。今回CCを選んだのは、チップ無料、ドリンクパッケージ無料といったサービスがついていたからだ。用心しなければならないのは、こういったサービスは、上級の船室を申し込んだ場合に限るなどといった条件がついていることがあることだ。それを知っていながら、引っかかってしまったのが僕の失敗だ。

今回は、どうせ海しか見えないし、北周りで寒いから、バルコニーにする意味もあまりない。一番安い部屋で申し込んだのだが、「チップ無料、ドリンクパッケージ無料」は、船室を選び、金額が決まったあとも表示されていた。当然、この申込にも適用されると思う。ところが、請求書には前納チップが入っている。特典のうちどれかが選べるとなっていたので、出航までに選択をするのかと思って、問い合わせてみたら、料金の下をクリックすれば、上級船室にだけ適用すると言う注意書きが現れるというのだ。

騙されたような気がして気分が悪い。これでは旅行が楽しめない。それはおかしいと抗議したのだが、約款に書いてあるからと逃げてしまう。それなら、申し込みをキャンセルさせろと言うと、「キャンセル申込書」を出せと言う事になった。その書類には、「キャンセル料$50、あるいは会社が必要と考える金額を徴収することに同意します」と書いてあり、それにサインして送り返さなければならない。

なんというインチキだと怒り心頭にきたのだが、調べて見ると、クルーズ業界では、出航の30日以上前であれば、キャンセルに対して、全額払い戻しをするのが慣例になっているらしい。書類の上では最低$50を取ることになっているのだが、業界の競争で、どの旅行社もキャンセル料を取らない。サインして、送ってみたら、全額返金するという返事が来た。これで、やれやれ、となった。申し込みの段階ですったもんだの一幕となってしまった。

仕切りなおし。比較検討してみると、VTGの方が安いことがわかった。見積もりは、

クルーズ代金(Cruise Fare:) $874.00
政府諸税(Government Taxes:) $156.58
前納チップ(Pre-Paid Gratuities:) $194.25

であり、この場合は、港湾使用料は本体価格に含まれるようだ。こういった切り分けは会社によって異なる。日本の旅行社だと、消費税、手配料などが上乗せされ、さらにこの部分がわからなくなる。二人で総計$2449.66は、横浜までの運賃に、16日間3食付を考えれば悪くないと思う。ちなみに、同じ頃出発する横浜発「サハリン北海道クルーズ」はJTBのパンフレットで「188,000円より」としているが、それは3人目の追加値段であり、本当はもっと高い。早期割引を入れても、結局二人で総額799,200円になる。しかもこれは7日間でしかない。

CCとVTGの値段の違いは予約の受け付け方にあるかも知れない。船会社直接の申し込みだと部屋番号指定と無指定(guaranteed)が選べるようになっており、無指定だと、乗船直前まで、どの部屋になるかわからない代わりに、上のクラスのキャビンが空いておれば、そこに入れてくれたりする。CCは、予約の時に部屋を決められるが、VTGは、日本の旅行社の場合と同じく、「おまかせ」になってしまう。

VTGで申し込んだのだから無指定のはずなのだが、celebrityのwebsiteにアクセスしてみると、なんと部屋番号がアサインされている。しかも、カテゴリーがほんのすこし上で、CCではあと$70高い部屋だ。この部屋番号は仮のもので、まだ乗船までに変わることもあるらしいが、カテゴリーが下がることは無いらしい。一度キャンセルしたおかげで、二人分だと5万円ほど安くなったことになる。

VTGで注意しなければならないことは、どういうわけか、この会社のシステムは.jpとか.co.jpのメールはSPAMとしてしまうようだ。向こうからメールが来てもこちらからのメールは届かずあわてることがあった。gmailとか.comのメールアドレスを用意しておかなければならない。

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(4)欲張ってカナディアンロッキー [太平洋横断]

太平洋横断の船に乗るためには、バンクーバーまで行かなくてはならない。どうせなら、カナディアンロッキーまで足を伸ばしたい。スキーが出来た頃には、一度はバンフの斜面を滑りたいと思っていた。今はもうスキーという体力はないが、美しい山々の景色は楽しめる。小さな子どもが文句なく可愛いのと同じで、山と湖の景色は文句なく美しい。

サンフランシスコからバンクーバーの行き道にカナディアンロッキーに立ち寄ろうと思う。国立公園に飛行場は作れないから、一番近い空港はカルガリーになる。まだ出かけるのは先のことなのだが、マイレッジで予約するなら早いめにしなければならない。調べてみるとカルガリーまでは十分席がある。しかし、カルガリーからバンクーバーまでの席がない。ローカル航空の便ならあるのだが、酸素を必要とする僕には使えない。それならばということで、陸路を考えてみた。カナダには鉄道があり、眺めがいいことで知られている。

カルガリーからロッキーまでの`150kmはどっちみち陸路だ。観光地をつなぐバスが出ていて、ジャスパーからバンクーバーには鉄道で行ける事になる。これも悪くない。料金は

Calggary------>Banff $57
Banff---->Lake Louise $26
Lake Louise ---->Jasper $26
Jasper ---- Vancouver $148

ということで、二人で$600になるから、そう安くはない。問題は酸素で、鉄道やバスの中で電源を使わせてもらえる可能性は低い。鉄道の発達した日本だって電源が使えるのは、まだ新幹線の一部だけだ。船の出港は夕方なのに、バンクーバーに着くのは早朝だというのも面白くない。大荷物では市内観光というわけにも行かないからだ。

そこで、レンタカーを使って車で行くことを考えた。レンタカーの方があちこちいける自由度がある。バンフ、レイクルイーズで遊んで、そのあとバンクーバーまで走るのだ。地図で見るとすぐ近くなのだが、カナダはスケールが大きい。測ると900kmある。東京から福岡くらいの距離だ。乗船には3時までに行かなくてはならないから、一日では無理だろう。途中で一泊するしかない。ま、それもいいか。バンクーバーに向かって走れるだけ走って、適当なモーテルでも見つけて泊まればいい。

カナダのレンタカーはそれほど高いものではない。僕は普通、アラモとかバジットといった安いレンタカーを使うことにしているので調べてみた。ところが、1日160ドルとか、とんでもなく高い。わかったことは、これは乗り捨て料金だからだ。同じ場所に戻せばぐっと安くなる。乗り捨てルールは会社によって異なる。webリサーチはやって見るもので、普段は高い目のHertzが乗り捨て無料だとわかった。4日間で$327.66だから途中一泊してもかなり安上がりになる。

一つ問題なのは、営業所の位置だ。バンクーバーの港にも営業所があるのだが、返却場所としては街中の営業所しか出てこない。500mばかり離れていて重い荷物があることを考えると微妙に遠い。とりあえず予約をしておいて、また調べることにしよう。レンタカーの値段は変動するから安く予約できる時にしておいたほうが良い。

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(5)成田からの出発と酸素 [太平洋横断]

肺ガン騒ぎの次は骨折、万全の体制にはならないのは当然だけど、行くと決めたら行くのだ。しかし、2,3日前から始まった股関節の痛みは厳しい。POCのカートを右手で引っ張るから三角巾で吊った左手で杖を突くのは難しい。痛みをこらえてヨタヨタしながらゆっくり歩くしかない。まあ、この痛みはニュージーランドに行った時に比べれば、まだましだ。

今回の旅は、まず息子の住んでいるサンフランシスコに行って、久しぶりに孫と会うことから始まって、カルガリーに飛んで、バンクーバーまではレンタカーでカナディアンロッキーの山越え、そしてバンクーバーから横浜までの航海と盛りだくさんの予定がある。誰からも「その体で?」とあきれられたが、別に何もハードなところはなく、ぐうたらな旅でしかない。もし、健康な体だったら、自転車で世界一周とかやっているところだ。

呼吸器、泌尿器、血液内科、耳鼻科、歯科、整形外科、眼科と7つもある通院日の予約に3週間の空白を作るのが大変だったのだが何とかできた。機内酸素のための診断書が必要なのだけど、これも出発の10日前以降のものでなければならず、3日前までにFAXしなければならないから、周到な通院スケジュールの調整がいる。

バスで空港まではPOC(酸素濃縮器)を使うのだが、ここでかなり電池が減ってしまうから、早くチェックインして待合室でコンセントを探して充電する。今回は成田発の全日空便なのだが日本の航空会社は障碍者に親切だ。成田には専用のカウンターがあり、早い目に行ってもチェックインさせてくれる。大荷物ではあるけど、トランクはあらかじめ宅急便で送っておけば、空港のフロアだけだから、カートもあるし問題はない。

トラブルとしては、宅急便の送り先を間違えたことだ。出発便を伝えればそれでいいと思っていたら、宅急便の集荷人にターミナル番号と出発時間を聞かれた。手元にメモはなかったので、バスが2つ目に止まることを思い出して「第2ターミナル」と答えてしまった。バスは最初に第2に行き、次が第1なのだ。バスに乗り込むときにそれに気が付いて受け取りを見たら「NH8便 第2ターミナル」と矛盾したことが書いてある。心配したが、荷物は第1ターミナルに届いていた。便名が優先らしい。

機内で供給される酸素ボンベ有料で360L一本で1万円かかる。同調器はついていないので、このままだとサンフランシスコまでの10時間には1本では足りない。僕は自分の同調器をもっていく。同調器と流量弁の接続は微妙でチューブも一定していないから、自分の流量弁も持って行くのが良い。ボンベと流量弁の接続はCGA780という規格で統一されているはずだ。POCと電池二個を持っていてこれで6時間は持つからうまく同調器が使えなくても、酸素ボンベと継ぎ足せば大丈夫だとは考えてある。結果的には同調器が使えたので、1本のボンベで十分余裕があった。

しかし、股関節の痛みは想定外に強まった。降りるときに航空会社は大抵、車椅子を用意してくれる。いつもは歩けるからと断るのだが、今回はお願いしますと言ってしまった。入国手続きに行ってみると、すごい行列でかなり時間がかかりそうだったのだが、空港係員が押す車椅子だと、行列をすっ飛ばしてくれることがわかった。これは大いに助かった。

足の痛みには困ったが、無事到着、迎えに来てくれた息子の車で、郊外の家に着いた。暑い日本に比べてサンフランシスコは涼しい。気温14度だから、夏の服装で来た環境客は震えている。カリフォルニアというとロスアンジェルスをイメージしてしまうらしい。ここまでは、まあ順調だ。

(6)旅先で起こった「薬がない!!」 [太平洋横断]

サンフランシスコ滞在3日目、股関節の痛みは太ももにも広がってきた。リウマチ性筋痛症に間違いない。これまでの経験から言ってこれは、しばらくは続いて回復するのだが、タイミングが悪い。一歩歩く度に痛みが走る。空港で車椅子に乗ったときには本当はいらないと思ったのだが、この状態では本当に車椅子がいる。なんとかカナダに出発するまでには回復したいものだ。

これに重なってまた一つ大きな問題が起こった。「薬がない!!」問題だ。旅先での薬は大切だ。今回は25日の長旅だから3日分をピルケースに入れて手荷物に持ち、残りの薬はまとめて荷物の中に入れることにした。9種類の薬を飲んでいるから整理が大変だ。荷物の中には9つの薬袋がある。土曜日の朝になって、次の3日分をピルケースに充填した。

おや、2つの袋の中身が同じだぞ。ということは、1つ足りない薬がある。ユリーフだ。僕は前立腺が肥大気味で、これがないと尿が出にくくなる。まったくの尿閉になって大みそかに救急車で運ばれたこともある。これは大変だ。旅先で薬がなくなるということはスペインで泥棒に荷物を盗られた時にも経験した。スペインでは処方箋なしでも薬が買えたので助かったが、ここはアメリカだ。

病院に行って処方してもらう他ないのだが、もちろん土日は休みだし、月曜に受診は難しい。どこの医院も新患は完全予約制で、何週間か先の予約になる。子供の急病なんかのためには、常々からファミリードクターを選んで顔なじみになっておかなくてはならない。救急患者に対応する病院はあるが、僕は今のところ救急車で運ばれる状態ではない。火曜日にはカナダに向けて出発だから診察が間に合うはずもない。

日本に連絡して、娘に、我が家にあるユリーフを至急送ってもらうことにしたのだが、それも3日かかるようだ。ここへ送ってもらうのでは間に合わない。カナディアンロッキーの宿に送ってもらうしかないのだが、予約してあるロッジは山の中で、住所は私書箱になっている。これとて、手に入れられるかどうかは疑わしい。もちろんそのあとの二週間は船で太平洋上だから受け取り様がない。

ここはもう、この先の旅程をあきらめて帰国するしかないかとも思ったのだが、息子がネットで妙な解決策を見つけてくれた。99ドル払えば、電話だけで診察せずに処方箋を発行してくれるドクターがいる。ちょっと怪しい。他に策がないから、ネットで申し込み、99ドルをクレジットカードで払ったら、しばらくして電話がかかってきた。事情を話したら、即座にOKで近くの薬局を指定された。薬局に処方箋を送っておくというのだ。

指定された薬局に電話をすると「ちょっと高いけどいいか?」と言う。日本では8000円の3割負担くらいなのだが、500ドルだ。随分と高い。こちらは他に方策がないから支払うことにした。しかし、ジェネリックが普及しており、純正の場合はこれくらいの値段でもそんなにボラれたというわけでもなさそうだ。これなしには体も旅もなり立たないのだから、ともかくも助かったことにはなる。

それにしても、旅行に出るときの薬のチェックは、慎重の上にも慎重を期すことが必要だと思い知った。9つあるからいいと数でチェックしたつもりになっていたのは、あまりにも迂闊だった。

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(7)カナディアンロッキー [太平洋横断]

サンフランシスコの滞在を終えて、カルガリーに向かった。孫と遊んだだけで「観光」は何もしていない。三角巾で腕を吊り、股関節の痛みを抱えていたのでは、歩き回る元気はなかったのである。しかし、腕も足も少しづつ回復してきている。アメリカに行ってしまい、何をしているのかよくわからなかった息子の一家が、まあなんとか無事に暮らしていることがわかっただけでもいい。

9時の便なのだが、空港には早い目に行かなくてはならない。こちらの皆さんは早起きで、朝は5時から通勤渋滞規制が始まっている。息子に送ってもらって無事空港には着いたのだが、サンフランシスコ空港は広い。空港の中を散々歩かされた。国際線の中でもカルガリー行などというのは、マイナーだから、端っこのターミナルになっているからだ。

ユナイテッド航空の場合、POCの使用は簡略化されており、診断書はいらない。一度サインしてもらった使用証明を何度でも使える。だからといって、すんなりと搭乗できるかというとそうではない。搭乗券の発行には受付カウンターの人がいろいろと入力しなくてはいけない確認事項があるようだ。これが完了しないと搭乗券が出てこない仕掛けになっているのだ。

慣れていない受付だと、入力の仕方がわからず、あちこち電話で問い合わせたりして、なかなか進まない。今回も、ああでもないこうでもないと言った様子で、結局1時間近くかかってしまった。カウンターの前で待っているほうも疲れる。

カルガリーからはレンタカーの旅だ。カナダを端から端まで横断している国道1号線を西に進む。道の両側に広がる牧場は、地平線まで広がっている大きさだ。地球は広い。ゆるやかな登りで山に近づいていく。これがカナディアンロッキーだ。3000メートル級の山々がひしめいているのだが、道にトンネルはなく、山間をぬって流れる川沿いにある平地を通って行く。

バンフの町はスキーの拠点、登山の拠点で、華やかな賑わいがある。雄大な山の姿が目前にせまり、カラフルな建物の屋根の色が背景に映える。北に折れて1時間ほどのところにもう一つの観光目玉であるレイクルイーズがあり、僕らはその中間にあるベーカークリークに宿を予約してある。

だいたいの場所はわかっているので、近くに行けば看板とかがでているだろうと思ったのだが、それが見当たらない。日本の観光地ならあちこちに看板があるのだが、ここにはそれがないのだ。確かに看板は景観を損ねるから、ないのがむしろ当然だ。

1号線から外れた旧道を走るのだが、他に行きかう車もない。気持ちのよい林間の道だが日も暮れてきた。一軒の建物があり、ホテルだったが、そこで聞いたら反対方向に走っていたことがわかった。Uターンして走るがなかなか建物に行きあたらない。やっと小さな建物を見つけて近づいてみると、そこが目的のホテルだった。これは受付の建物であり、その奥にログハウスがぽつぽつと並んでいた。

貧乏旅行を常とする僕らとしては、思い切り贅沢なホテルなのだが、部屋の中は広く、ベッドルームと居間、キッチンがある。ベランダも2つあり、目前に谷川のせせらぎがあって落ち着く。山小屋といったしつらえで、壁には丸木を生かした装飾がある。感心したのはテレビがなかったことだ。確かに、この雰囲気にテレビは艶消しではある。自然環境に確固たる自信を持ったホテルなのだ。

本当は、ここを拠点にあちこちの山に出かけて、ウオーキングを楽しみたいのだが、今の体の状態では望むべくもない。車で行って、眺めを楽しむだけとなった。しかし、山と湖というのは最高の組み合わせだ。どの眺めも全て絵になる。レイクルイーズの湖面に映る山々の美しさは格別だったし、小雨が降って虹が現れたのには感激した。

(8) バンクーバーからの乗船 [太平洋横断]

カナディアンロッキーからバンクーバーまでは850キロ。一気に走れない距離ではないが、4時出港だから3時までには着かなくてはならないことを考えると、ちょっと厳しい。レンタカーの返却とか大荷物の運搬といった問題もあるから、途中で一泊することにした。

昼頃レイクルイーズを出て、走れるところまで走ろうということで、ワブテック連山を眺めながらヨーホー国立公園の中を走る。道はキング山を迂回して大きく南に曲がるが、やはり谷あいの道筋だからトンネルはない。また西に向かうようになって、今度はグレーシャー国立公園だ。

ハイウエーにも日本のようなサービスエリアはないから、ガソリン給油には注意する必要がある。「この先110㎞はガススタンドありません」といった注意標識が出ている。ところどころにトイレ小屋はある。日本なら自販機が置いてあるだろうと思うのだが、そんなものはない。

夕方にMerrittと言う町まで来たので、ここに泊まることにした。何もない小さな町だ。「vacancy」とサインのあるモーテルに車を止めて、値段を聞いたら70ドルということだ。あまりきれいだとは言えないが、まあただ寝るだけだから許容範囲だ。夕食を食べられるところを聞いたら、なんと"Garden Sushi"というのを紹介された。他にはsubwayくらいしかない。天丼を食ったが予想通りまがい物といったものだった。

バンクーバーまでは3時間。朝出れば昼頃には着くだろうと思われたのだが、これくらいの余裕は必要だ。レンタカーと荷物の問題がある。Herzの営業所がCanada Placeの近くにあり、そこで返せばいいのだが、そこから桟橋入口まで400m、多分桟橋の中でさらに300mとなると荷物が大変だ。スーツケースのほかに呼吸器と酸素濃縮器がある。おまけに僕の腕は骨折だし、足も痛む。彼女も腰痛が悪化した。車のバケットシートが良くないようだ。タクシーを頼むには短すぎる距離だ。

11時にはバンクーバーに着いてハイウエーを降りた。町の中は、中華街を通ってカナダプレイスに近づくと混雑しだし、渋滞になっている。十分時間があるからあわてない。まずは桟橋周辺をぐるりと回って位置関係をつかむ。HertzはPacific Rimホテルの駐車場にあり、桟橋までは思ったより近い。車を停めて乗り場の様子を見ようと桟橋の地下駐車場に入って行くと"Cruise Drop Off”という矢印があったので、奥に進んだら、ポーターが待ち構えており、ここで荷物を渡してしまうことができた。最大の懸念は、あっけなく解決してしまった。

すべてCredit cardでやってきたから、カナダドルを一銭も持っていなかったのでポーターに千円札を渡すことになってしまったが、痛みをこらえて重い荷物との悪戦苦闘を思えば安いものだ。ガソリンを入れに行き、レンタカーを返して、再び桟橋に戻って船に乗り込んだ。チェックイン、通関、などで結構歩かされたが、1時には乗船できて昼食は船内になった。乗ってしまえば、飲み食いは全てタダというのがありがたい。

カナダのハイウエーはどこでも無料なのだが、一か所、バンクーバーの入口にある橋は有料だ。知ってはいたが、ゲートが見当たらずそのまま走ってしまった。どうもETCのようなもので課金されるのが普通らしく、現金払いの車は迂回してゲートに入らなければならないようだ。帰国後に17ドルもの罰金の請求が来た。

(9) セレブリティー・ミレニアムで出航 [太平洋横断]

僕らが乗り込んだ船、セレブリティー・ミレニアムはネイビーブルーと白に塗り分けられた船体にXのマークがあるのが特徴だ。クルーズ船はずんぐりむっくりな形が多いが、この船は先端がピンととがったスマートな形をしている。91000トンだから戦艦大和よりもかなり大きな巨船であり太平洋の荒波といえども揺れて船酔いなどと言うことはまずない。内部は12階建ての細長いビルのようなものだ。もちろん、この下には機関室とかがあるので構造的にはもっと階数は多い。2000年の建造だから少し古い船ではあるが、よく改装整備されて、古びた感じはまったくなかった。

プリンセスとプルマントゥールの船には乗ったことがあるが、セレブリティーは初めてだ。1階に乗船口があり、ちょっとした広場とエレベータがある。地味だ。他のクルーズ船では、大きなエントランスホールがあってきらびやかな宮殿を思わせる豪華なしつらえになっていることが多い。プリンセスならここで、鏡割りだとか、風船パーティー、積み上げたグラスにシャンパンをあふれ流すイベントなどがあるのだが、セレブリティーには、そんなものはなかった。派手な演出を抑えて渋く楽しませるのが基調らしい。確かに派手な演出は繰り返されると嫌味だ。セレブリティーはリピーターが多く、今回も半数がリピーターだという。

ともかく船室に行く、6,7,8,9階が大体船室で、僕らの船室は9階の一番前の方にある。9階は見晴らしもいいので、上等の部屋が多い。しかし、余った空間に少しだけ窓無しの安い部屋ができるのだ。ベーリング海ではベランダがあっても寒いし、どうせ周りは海ばかりなのだから窓があっても仕方がない。広い海を眺めたいときは展望ラウンジにへたり込むのが一番だ。安い部屋で十分。

もちろん船室は広くない。しかし、大きなベッドとデスク、テーブルに椅子が2つだから、まあビジネスホテルの部屋よりは広い。シャワーとトイレがあり、クローゼットがかなり大きい。大きなトランクは中のものを出して引き出しにいれてもかさばるのだが、これもなんなく入れられる広さだ。船室は寝に帰るだけと決めていたのだが、結構部屋でくつろぐこともできた。

10階はプールとかジャグジーとバフェレストランであるOcean View Cafeがあって、11階はジムとかガラスが張り巡らされた展望ラウンジになっている。プールエリアは半分が天井がガラスになった温室で、寒い時でも泳げる工夫がされている。プールサイドにも、ハンバーガーなどの軽食やフルーツなどのスタンドがある。これらは基本的に無料なのだが、メニューアイテムによっては有料のものもある。そんなときはルームキーのカードを渡せば、それにチャージされる。

3階は図書室とか会議室。船室もある。4階5階は前方にシアターがあり、後方にメインダイニングであるメトロポリタンレストランが吹き抜けである。その間には、カジノとかいろんなカフェとか、ブティック、ジュエリーショップ、ダンスフロアが並んでいる。寿司とかイタリアンとかの、上等特別レストランもあるが、僕らはそういったものにはお世話にならなかった。メトロポリタンレストランで満足仕切ってしまったからだ。

形ばかりの避難訓練の後、「ボー」と大きな低い音で汽笛が鳴り響き、船は静かに岸壁を離れる。バンクーバーの港は、バンクーバー島と大陸の間に挟まれた水路の奥にある。1日目は、この水路を北上して島を通り抜けるだけで終わる。2日目からは360度どこを見回しても、水平線が見えるだけの日々が続く。北西に進路を取り、アリューシャン列島のウラナスカ島を目指すのだ。

(10) 船での楽しみは食事 [太平洋横断]

クルーズ船での楽しみの一つが食事だ。14日間3食全部が料金に繰り込み済なので、気を遣わず好きなだけ食べられる。10階にあるOcean View Cafeはバフェで、たくさんの料理が並んでいて、いつでもお皿にとって来られる。ちょっとしたホテルのバイキングといったようなもので、クオリティは低くない。しかし、僕らはあまり利用しなかった。両サイドがガラス張りで眺めがいいから、アイスクリームを食べたり、コーヒーを飲んだりはした。酸素発生機のカートを引きずり、腕を三角巾で吊っていたのでは、お皿を持ちにくいのも事実だが、メインダイニングのメトロポリタンレストランのほうが気に入ったからでもある。

船のメインダイニングは、晩餐会といった趣向で、時刻も席も決まっていて、入れ替え制になっていることが多いのだが、セレブリティー・ミレニアムでは、anytime diningということで、開店時間内ならいつでも好きな時にレストランに行っていい。大きなレストランで席に余裕があるからできることだ。構造は真ん中が吹き抜けになった、なかなか豪華なしつらえになっている。窓際はバルコニー席のように二層になっている。二人だけで食事をしたいと言えば二人席に案内されるが、そうでなければ、8人席とか6人席の丸テーブルに案内されて、毎日ちがった人たちと食事をすることになる。

いろんなところから来た人たちと知り合いになって、面白い話を聞けるのが楽しい。横浜へ向けての航路だから、初めての日本でわくわくしている人、日本通を自慢したくて仕方のない人、様々だ。アメリカ人、カナダ人が8割がたを占めているのだが、各州に広く分布している。オーストラリア人が結構いたのは意外だった。中国系と思われるアジア人も10%くらい見かけられたが、話してみるとカナダ在住の人たちで、バンクーバーにはかなり大きな広東人コミュニティーがあるようだ。オレゴンから来た中国人が、広東語ばかりで、北京語が通じないとこぼしていた。日本人は非常に少なく、それもアメリカ・カナダ在住の人が多い。若いころ決心して渡米した人の武勇伝をいくつか聞くことができた。

僕は、難聴になっており、補聴器をつけないと聞こえづらい。補聴器をつけても、言葉の聞き分けには困難がある。これが、英語になるとますます聞き取りづらくなっていることがわかった。しかし、6人席の場合、必ずしも受け答えの必要はなく、あとの4人で会話は進んで行く。聞き取れたところで適当に相の手を入れればいいわけだから気楽だ。だから英語が多少苦手な人でも十分楽しめると思う。

フルサービスレストランにはドレスコードがある。フォーマルディナーには正装しなければならない。この堅苦しさが鬱陶しいこともあるのだが、セレブリティーではかなりドレスコードを緩めている。フォーマルとは言わず、" Evening Chic"と表現しているが、ネクタイは必須ではなく"designer jeans"でも良いそうだ。普段の日は"smart casual"でさらに自由だ。穴あきジーンズとか短パンでなければいいということだろう。僕は" Evening Chic"の日には一応ネクタイを締めていったし、彼女もネックレスなんかつけていた。中にはタキシードの人もいることはいたが、カーディガンとか開襟シャツの人もいた。ちょっと、いつもよりおしゃれをしましょうねといったノリでよい。

料理は丁寧な味付けでなかなかおいしい。プリンセスよりも一段上だと言える。メニューからオードブルやメイン料理、デザートなどを注文する。メニューは毎日変わり、バラエティーがあって飽きが来ないようになっている。僕は久しぶりに食べたBeef Wellington がおいしかった。日本ではなかなか食べられない。Prime Ribもよかったし、サーモンステーキや魚介類もいい。分量が多いので、連れ合いはオードブルを2つ頼んでメイン抜きにしたりしていた。

夕食だけでなくランチも、ブルガリア料理、タイ料理、ブラジル料理といった各国の変わった料理が出てくる。ある日には、"Nagasaki Sara Udon"というメニューまであって驚いた。デザートもアメリカ的にはかなり「甘さ控えめ」でおいしく食べられた。欲を言えばフルーツ類がちょっと少ないという気がした。プリンセスではシェフが隊列を作る大仰な演出でベークドアラスカが出てくるのだが、セレブリティーでは、さりげなくメニューに書いてあるだけだ。

僕らは朝食もメトロポリタンレストランで食べた。おそらく内容的にはバフェと同じだろうが、真っ白なテーブルクロスの席に座ってウエイターに給仕してもらう方が落ち着く。僕はいわゆるbreakfast eaterで、オレンジジュースで始まり、コーヒーに終わるfull breakfastを毎朝の楽しみにしていた。イングリッシュマフィンにスモークサーモンを乗せると最高だ。歩行に難がある状態だから、ジムで運動したり、甲板の周回路をジョギングしたりはしなかったので、3食フルコースは食べ過ぎになる。昼はプールサイドのショップでハンバーガーかホットドックで済ますことが多かったが、とてもおいしかった。マクドナルドとは全く違う。ピッツァもあったが、これは日本で食べるものと大差なかった。

アリューシャン列島までの5日間は、海を眺め、おいしい食事を楽しみ、ショーを楽しみ、昼寝をしてゆったりと過ごした。持って行った本は結局一冊も読み終わらなかった。問題は、大分良くなってきてはいるのだが、足の痛みと吊り下げた腕だ。酸素濃縮器を引きずらねばならないことが、歩きづらさをさらに増幅してしまう。

(11) ウラナスカ島 [太平洋横断]

ウラナスカ島などと言う島はもちろん知らなかった。アリューシャン列島の中ほどにある今航海唯一の寄港地である。定期航空路もないから、船に乗らなければ来ることもなかっただろう。島は山がちなのだが寒いから低いところにも大きな木は生えない。まるで芝生の丘が続いているように見える。もちろん高い山は雪を被ったままだ。

この島の名を大本営発表で日本人が皆聞かされたことがあるそうだ。太平洋戦争の緒戦で日本軍がこの島にある町、ダッチハーバーを爆撃した。日本軍が爆撃したアメリカは、ここと真珠湾だけだ。テレビのディスカバリーチャンネルを見る人はdeadliest catchという荒海に乗り出す漁船の番組を知っている。出撃基地となっているのがここだ。カニやロブスターを取る北洋漁業の港である。

蟹工船の昔から北洋漁業は重労働だ。12時間交代の徹夜作業が荒波の中で続く。この港にもどり、休息をとってまた出漁する。重労働なだけに賃金は高い。一気に金を稼ぎたい人たちが各地からやってきて、稼ぎがたまればまた故郷に帰る。そんな"通り過ぎる町"なのだが、中にはそのまま住み着いた人もいる。ボランティアで島の説明をしてくれた老人は、若い時には随分稼いだものよと語ってくれた。

上陸した日はいい天気で薄手のジャンパーで十分な気温だった。しかし、2000人の乗客が、10台しかタクシーのない島に降りたのだから、身動きがとれない。元気な人は歩いて散策したようだが、僕はただ上陸しただけで終わってしまった。それでも、何日も海の上で過ごすと、陸地に上がるというだけでうれしい。

水揚げされたロブスターやカニは、そのままアメリカや日本に直送されるらしく、魚市場などはない。カニを売っている店があるわけでもなく、名物のロブスターを食べさすレストランもない。郵便局で葉書を出し、スーパーマーケットを物色してみた。ウラナスカ煎餅とかアラスカ饅頭のようなおみやげ物はなかった。観光地ではないのだから、当たり前と言えば当たり前だが日本ならどこでも必ずあるだろう。

僕らは、どこへ行っても、お土産に地元のスーパーの買い物袋を手に入れることにしている。これは、そこに行かなくては絶対手に入らず、いい記念になるし安い。日本でも最近レジ袋が廃止になり買い物袋がいるから使うチャンスは多い。「Alaska Ship Supply」とロゴの入った青い袋はなかなかいいデザインだ。お店の寄港者に対するサービスで、タダだった。何も買っていないのに悪い気がする。

船にもどり、デッキでコーヒーを飲みながら、緩やかな起伏をもった草だけの山と、きれいに澄んだ空を眺めていると、本当ののどかさを感じる。平和だ。しかもここは海のはてベーリング海と太平洋をわけるアリューシャン列島なのである。

(12) 船上のエンターテインメント [太平洋横断]

毎日海を眺めて過ごす日が続く。このボケーとした時間を望んではいたのだが、船にはそんな人ばかりがいるわけではない。数々のエンターテインメントが用意されている。まずは毎晩シアターで行われるショーだ。8人編成の「オーケストラ」がバックを引き受け、14日間毎日異なる出演者のショーがある。一回しか登場しない出演者を14日間も船に乗せておくのも大変だろう。

歌あり、ピアノあり、マジックあり、物まねあり、ダンスあり、ジャグリングあり、ミュージカルありといった具合でなかなか面白い。芸のレベルも結構高いと思う。少なくとも舞台に引き込まれてあっという間に1時間たってしまうというものだった。ただし。ダンスについては良さがよくわからなかった。多分、僕の素養の問題だろう。

船内のカフェやプールサイドではライブミュージックがあり、これに出没するのは、ギターで弾き語りの男性歌手、バイオリンとチェロのクラシックデュオ、女性歌手とギターのコンビである。カフェでお茶を飲んでいたらやってきて、すぐそばで演奏してくれるのはいい。あちこちの催しものと平行してやっているからカフェが混んだりはしない。これとは別にダンスフロアには4人組の専属のダンスバンドがいた。fly me to the moon とかスタンダードナンバーの曲を歌う歌手には、なかなか聞かすものがあった。踊りまくっているカップルにアジア系が多かったのは意外だった。

俺の演奏を聞いてくれと、カフェのピアノでリストを弾き出した乗客がいたが、なかなかうまくて喝采されていた。乗客が組織する編み物の会とか日本語を練習する会とかもあったようだし、これだけ乗客がいると中には特技を持った人もいるだろう。僕らは参加しなかったが、トリビアとかジェスチャーのゲーム催しもあった。乗客のコーラスとかダンスグループも組織されそれには先生が付く。最後の日にそれの発表会と乗組員のかくし芸大会があった。

その他、社交ダンスとかヨガ、ズンバ、ラインダンス、タップ、マジックといった教室系の催しもたくさんあるし、お菓子、寿司、盛り付けといったお料理系もある。ジムがあって、ベルトの上をあるいたり、器械体操をしている人も多い。海を見渡しながらやると気持ちがいいのだそうだ。プールやジャグジーの愛好者もいる。もちろんカジノもある。

日本発着のクルーズにはなかったレクチャー系の催しも面白かった。宇宙論、気象、希少生物、幕末史、船の構造といった様々なテーマのレクチャーがあって、講演者は大学の先生ではなく、レクチャーを職業にしている人だ。あちこちにレクチャラーを派遣する会社があるらしい。プロだけあってよく準備されたスライドを使っての面白いレクチャーだ。半分船会社の宣伝になるが、旅行系もおもしろい。ガラパゴスや南極のクルーズもあるらしい。「日本の歩き方」みたいなシリーズは当然ながら、人気だった。

あれやこれやで、結構忙しいことになって、持って行った本は結局一冊も読めなかった。14日間退屈するなどと言うことがないように、工夫されていることには間違いない。

(13) 日本に入って横浜への船旅 [太平洋横断]

ウラナスカ島からさらに6日、船は千島列島を横切り、オホーツク海に入る。小樽の港を目指すのだ。そのあと、函館、東京大井ふ頭を経て最終港横浜に着く。船内は、いよいよ日本だということで、少しざわめいている。実はこの間体調不良で熱も出て一日寝込んだ日もあった。船旅のありがたさ。船室で寝て過ごすのに何の支障もない。これが陸旅だったら、荷物をまとめての移動が大変だっただろう。

宗谷海峡を横切るから岬や礼文島が見えるかと思ったが日暮れになってしまった。翌々日、朝起きてデッキに出てみると、もう小樽に着岸していて、小さな建物が少ない隙間で並ぶおなじみの日本の景色が見えた。看板が林立するが、ゴミゴミした感じはなく、整然とした感じさえ受ける。これが乗客たちの第一印象といったところでもあるらしい。

僕らも下船して、久しぶりに美味しい海鮮でも食べようかと思ったのだが、なかなか下船の順番が来ない。入国審査官が乗り込んできてパスポートをチェックしてスタンプを押してくれるのだが、乗組員を含めると3000人だから大変だ。船会社のツアーに参加する人が優先で、次には値段の高い部屋の人、僕らは最後で、結局昼過ぎになってしまった。

そういう事だろうとは予想していたので、Ocean View Cafeで軽食をつまみ、ゆっくりお茶でも飲みながら待とうと思った。日本だからYmobileでインターネットにつながる。船のインターネットは衛星通信だから1時間$22というとんでもない値段で手が出なかったから、メールを出したり、ブログを見たり、することはいっぱいある。

ところがである。船のパブリックスペースには110V電源がないのだ。アメリカの船なのに全部230Vのヨーロッパ規格だ。110Vがあるのは船室だけである。変換プラグをもってこなかったから仕方がない。POCの電池が消耗してしまうから船室でふて寝して待つことになった。

降りたのはもう午後。小樽市が準備してくれた町までのシャトルも終わる時間を過ぎていた。仕方がないのでタクシーだ。小樽駅前郵便局で、薬を受け取らねばならない。局留め郵便物と言うのを初めて受け取ったが、身分証明書を見せればすぐに受け取れた。

三角市場で寿司を食べ、ぶらぶらと運河あたりを散策した。なかなかきれいな街並みだ。しかし、歩くと暑い。北海道にきて暑いはないだろうとも思うのだが、こちらはもっと北のベーリング海からやって来たのだ。小樽市立博物館で北前船の写真を見た。絵はよくあるのだが写真は珍しい。リアルな構造がわかる。

船に戻り、翌日は函館だ。もう入国審査はないから、すんなりと下船できる。この船は外国人ばかりだということが知れ渡っているようで、シャトルの手配をしてくれている市の職員も頑張って英語を使っている。こちらもなんとなく日本に来た外国人の気分になって、英語で答えてしまった。

駅まで行くと、こんどは大勢の女子高生たちが英語の練習に道案内を買ってでていた。見た目アジア系の人も結構いるからわからないのだろう。日本語でバス乗り場を尋ねたら、ホットしたような、がっかりしたような表情をしていた。五稜郭を見物した。タワーから全景が見渡せるのが良い。

ここに立てこもった一党は、北海道共和国を宣言したということが興味深い。ところが解説看板はくりかえし「脱走軍」と書いている。これはあまりにひどいネーミングではないか。明治政府が押し付けた蔑称が今もそのまま残っているのだ。案内の人に彼らはどう自称していたのかを聞いたが、だれも知らなかった。出航のとき、昼間の女子高生たちがたくさん来て、「いか踊り」で見送ってくれた。乗客たちも感激していたようだ。僕らも窓から手を振って答えた。

函館からは、また2日かかって東京の大井ふ頭に行く。いや東京は大きい。品川までシャトルがあったが、駅の中だけで歩き疲れた。今更東京観光ということもないのだが、一応上野の博物館に行ってみた。乗客たちの観光ベスト3は、東京タワー、明治神宮、浅草だった。ここでも外国人観光客の一団という扱いで、テレビカメラが待ち構えており、「Youは何しに日本へ?」などと、マイクを向けられそうになってしまった。

大井埠頭と横浜大桟橋はすぐ近くだ。夜遅く出航して翌日は早くに横浜に着いた。娘婿が車で迎えに来てくれたので、楽々家に帰れた。足の痛みはまだ続いていたのだが、家に帰るとすっかり治ってしまった。なんという皮肉な事だろう。

(太平洋横断 終わり)
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