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おもちゃのピアノ [日常生活]

「ピアノが鳴らなくなっちゃった」。赤い小さなおもちゃのピアノなのだが、河合楽器が作ったもので、一応なかなかきれいな音がでる。お姉ちゃんに買ってやったものだから、もう6、7年経っている。鍵盤を叩いてもコトコト音がするだけだ。

預かって持って帰り、中を開けて見た。アルミのパイプが何本も並べてあり、これが音を出す仕掛けだ。アルミのパイプが丸ではなくかなり扁平な楕円断面になっているのが、河合の工夫なのかもしれない。

鍵盤を叩けばこのパイプを叩くことになるのだが、ここも少し工夫がある。槌がばねについており、鍵盤はこのバネを叩く仕掛けになっている。太鼓でも鼓でも、実は叩くのが難しい。勢い良く弾いて、さっと離さなければうまく鳴らない。ピアノの場合、ただ鍵盤を押すだけで音がでる。このバネを介して叩くというのがそのための仕掛けなのだ。

なぜ、コトコト音がしたかと言うと、鍵盤を押してもとに戻るときに底壁を叩くからだ。ここにはスポンジが置いてあって、軟着陸させるようになっていたのだが、スポンジがボロボロになってしまっていた。これは、スポンジテープを買ってきて付け替えれば良い。

アルミのパイプが音を出すためには、自由な震動ができる、空中に浮いているような状態が必要だ。アルミのパイプは、やはり、スポンジテープの上に置いてあったのだが、ここのスポンジもボロボロで、そのためうまく音が出なかったわけだ。これも取り替えればよい。

問題は、アルミパイプの固定だ。スポンジの上に置いただけでは、少し動かしただけで、バラバラになってしまう。並べたアルミパイプは薄い粘着テープで連結されており、これが自由な震動を許しながらパイプの位置を固定する仕掛けになっていた。粘着テープだけで止めてあるのだから驚く。2,3、年持てばよいおもちゃならではの発想だ。薄くて柔らかく、それでいてある程度の強度がある特殊なテープだろう。

これは困った。台のスポンジを修理するためにテープは外してしまった。替わりに、普通のセロテープを細く切って使おうかとも考えたのだが、固定位置が、ぎゅううと曲がった配置になっていることに気がついた。震動の節になっているところを選んで貼らなければならないのだ。セロテープではそのような柔らかさはない。

糸を使って、固定することにした。弓なりに糸を張って、瞬間接着剤で点止めしていく。接着位置は震動の節だし、点付けだから、そう震動の妨げにはならないだろう。しかし、耐久性にはかなりの不安がある。ひっくり返しただけでもバラバラにならないかと思う。もともと玩具なのだから、大きくなってまで使わない。そんなに耐久性が必要なものではないということではあるが、よくこんなものを商品として売るものだと感心してしまう。

玩具でも、なかなか工夫がしてあるものだと、改めて思った。可愛い音で、楽しんでくれたら修理に費やした一日の価値がある。結果は、まあこんなものかと思う程度だ。響きの良い音もあるのだが、一部の音は響きが悪い。最初からコこうだったのかもしれない。

ステーキの謎 [日常生活]

久々にステーキを食べた。連れ合いがスーパーで買って来て家で焼いた半額商品の肉だが、和牛のとろけるような柔らかさは格別だ。最近は、あちこちに外食チェーンのステーキハウスが見られるようになったが、これだけのものを食べられることは、まず無い。

外食チェーンのステーキは、スカスカした肉ばかりで、決してうまいとは思えない。しかも値段は、安いとは言えない。家族を引き連れて行けば、確実に万札が飛んで行く。しかし、およそ料理の内でステーキほど簡単なものはない。ただ焼けばいいだけの事だから、シェフの技量も糞もないものだ。スーパーで買ってきて家で焼いた方が絶対に安くてうまい。

不思議なのは、こういったステーキハウスが、週末などには結構な賑を見せていることだ。客筋は、回転寿司とよく似た庶民の集まりと見える。一家を引き連れ、「今日は、奮発するぞ」といったオーラを振りまくお父さんもいるし、おつに済ましながら、音を立ててスープをすすり、ナイフを口に入れるお姉さんもいる。無駄使いが趣味の人たちではない。

一つの解釈としては、ステーキは外食で食うものだという固定観念みたいなものがあるように思える。そう言えば、僕らが子供の頃に、ステーキなどと言うものを食べた覚えがない。ステーキは外国の物語に出てくる夢の食べ物だったのである。多くの戦後世代にとって、外食チェーンが初めてのステーキだったのではないのだろうか。ステーキは高級な食べ物と思い込んでいるから、値段の高さに気がつかない。だから「今日は、奮発するぞ」となれば、ステーキハウスに行くことになる。

そもそも、昔はステーキ用の肉など売ってなかったから家で焼くような事はあり得なかった。子供の頃、肉屋に並んでいたのは、薄切りの肉ばかりで、すじ肉、並肉、上肉、ロースと言うのがそのグレードだった。並肉100匁を買い竹の皮に包んでもらうと言うのが、大抵の肉屋での買い物であり、ロースなどと言うのは、陳列してあるだけで、田舎町では買っている人を見たことがない位の最高級品だ。今のステーキハウスでは、フィレ、サーロインが高級で、ロースは最下位の肉だというのがどうも信じがたい。

サーロインとかフィレというのは、聞いたこともなかった。今思うに、これも不思議なことではある。牛一匹には必ずサーロインという部位があったはずだ。それが、店頭に並ぶことがなかったというのはどういうことだろう。当時は、こういった高級食材は流通経路に乗らず、一部の金持ちにだけ提供されていたのだろうか。

あの貧しい時代にも、こういった高級肉を食っていた人たちが必ずいたことになる。安倍晋三君だとかは、きっと子供の時から、僕らがその名前も知らないサーロインステーキを食っていたのだろう。違った世界に住んでいたわけだ。だから戦争法案とか消費税で一般国民の気持ちが理解できないのかと、妙に納得してしまう。

解釈はしてみたものの、それでもまだスッキリとはしない。今も昔も、ステーキには謎めいたものが残る。ステーキが夢の食い物であった時代の単なる残像であるかも知れない。

トースターの買い替え [日常生活]

トースターは単純な電熱器だから故障のしようがないと思っていたのだが、最近、焼け方にムラが出てきた。右端が白いままで左端が焦げる。調べて見ると、内面のあちこちにサビや汚れが出ている。二本の石英管ヒーターが上下にあり、内面の反射で均等に焼く仕掛けだったらしい。十年以上も毎日使っているから仕方がない。この際、いいものを手に入れて毎朝の食事を快適にしたい。それがささやかな贅沢というものだ。

さて、どのようなものに買い換えるか? 使っていたのはオーブントースターなのだが、現在ではこれにもいろんな機能が加わり、高級品は万能レンジといったほうが良い。しかし、うちにはレンジがあるのだから、そんな機能はいらない。パンが美味しく焼ければいいのだ。

美味しく焼くとはどういうことだろうか。美味しいトーストというのは、外は焦げ目が付いてパリパリとなり、中はしっとりとしたモチモチ感があるものだ。そのためには、強い火力で短時間に表面だけ加熱できる物が良い。伝統的にはポップアップと言われる焼き上がりにパンが飛び出すタイプの食パン専用の物があって根強い人気がある。これは、ヒーターがパンのすぐそばにあり都合よく表面だけを加熱するからだ。

その意味ではオーブントースターは良くない。庫内を広げて食パン以外の物も焼けるようにしているから、中までじっくりと加熱してしまう。中が乾燥してモチモチ感がなくなる。しかし、これに対しては対策が考えられている。バルミューダというメーカーのものは、水を加えて乾燥を防ぎ、コンピュータコントロールで適正温度で表面を焼くという。値段は24000円もするが、レビューの評価は高い。「他のトースターとは全然違う」「まるで出来立てのパンみたいだ」などという感想がある。

これには、かなり心を動かされた。毎朝のことだから値段が高いなどということは問題ではないと大見栄を切って見る。しかし、「まるで出来たて」とはどういうことか。所詮、出来立てのパンには及ばないということではないか。パンは古いと美味しくないというのは事実だ。僕は、万歩計を3000歩にするために、夜に出かけて朝食のパンを買ってくる。古いパンを食べるつもりは、全くないのだ。パンは必ず厚切りにしてもらっている。だから古いオーブントースターでも中が乾燥したりはしにくかった。

高いトースターのコンピュータコントロールというのも怪しい。トーストは強火が良いとわかっている。何も適正温度にコントロールする必要はないのだ。思うに、このコントロールはフランスパンを温めるといった中まで熱を通す時に必要なものだろう。古いフランスパンをトースターで焼くなどというのが、そもそも間違っている。フランスパンはその日のうちに食べるものだ。コンピュータコントロールが食パンを焼くだけに必要なものとは思われない。焼き加減は時間だけで決まる。これについては、高級であろうと安物であろうと関係がない。レビューの中でもバルミューダで黒焦げというのもよくあるらしいことがわかる。

水蒸気で中の乾燥を防ぐというのも良くわからない。中に水蒸気がしみ込んだりするほど長い時間ではないし、表面はカリカリに乾燥する。パンの中身から見えるのは表面だけで、その先に水蒸気があろうがなかろうが関係ないはずだ。これもフランスパンの温めに効用があるものだろう。トーストのおいしさはは強い火力で短時間に表面を焦がすことに尽きる。

伝統的なポップアップもいいのだが、結構値段が高い。骨董品的な価値が生まれているのだろう。レトロ感覚なデザインに凝ったものが多い。僕にはトースターのデザインを楽しむ趣味はない。それに、厚切りのイギリスパンが入るかどうかが定かでない。口を大きくして丸パンも入るようにしたものもあるが、これは邪道だ。ヒーターとパンの距離が小さいことが美味しさの秘訣なのだから、口を広げてあるものはこの利点を失っていると言える。ということで、ポップアップも候補から外れてしまった。

何のことはない。複雑な機能がついていない単純なオーブントースターを買うことになった。1000Wだからカリっと焼くための火力は十分にある。実は使い方にコツがある。短時間で加熱出来るように、あらかじめ一度空焼きして庫内の音頭を上げておく。焼け上がったら、ポップアップのようにすぐに取り出す。いつまでもトースターの中に置いておれば、中が乾燥してふわふわ感がなくなる。素早く取り出せばポップアップ並みになるのだ。

コイズミ製で2400円。バルミューダの1/10の値段だ。都合がいいのは、上下のヒーターを切り替えで使えることだ。チーズやハムを乗せて焼く時に都合が良さそうだ。またもや、ささやかな贅沢をするという事は出来ずに終わったことになるが、使い方のコツがわかり、朝食は美味しく食べている。

酸素メガネ 遠近両用メガネ二度買いの法則 [日常生活]

僕は、「遠近両用メガネは二度買うの法則」を提唱している。まあ、これは、マーフィーの法則に類するものかも知れない。近視の人が年を取って、近くが見えにくくなると眼鏡を頻繁に掛けたりはずしたりする面倒なことになる。解決策として遠近両用メガネを買う。聞いて見ると、ほとんどの人が遠近両用メガネを2度買っている。必ず、買い換えるのである。

近視には適正なレンズがあり、度を合わせないと役に立たない。度を合わせるというのは、無限遠点にある光源が網膜に集中するように焦点距離を調節すると言うことだ。何が適正なのかは、はっきりしている。しかし、遠視に適正な度というのは無い。どの距離まで焦点を合わせるかというだけのことだからだ。近くに焦点が合わず、離して見る必要が生じるのが遠視だ。離して見ると小さいから読みにくいのは当然だろう。眼鏡で近くまで見えるようにすると、大きく見えるから当然見やすい。度は、強いほど良く見えるのだ。極端にはすぐそばで見る虫眼鏡になる。

どうして遠視の度を決めるかというと、差し支えなく見える範囲のなるべく低い度ということになる。これが曲者である。眼鏡店の照明というのは、メガネを掛けたときによく見えるという感想を与えるために、極端に明るくしてある。見え方を試す新聞は、はっきりした活字の見やすい新聞を用意してある。実際に使う環境は、もっと暗いことが多いし、文庫本の活字はもっと小さい。自分の老化を認めたくないささやかな抵抗心理もあいまって、必ず、実際に必要な度よりも軽いものを選んでしまうことになるのだ。

これは眼鏡店による一種の陰謀である。もう少し老眼の度を強めておいたほうが良いなどとアドバイスは絶対しない。お客さんが、もう一度買いにくることを、ひそかに期待している。眼鏡を持ち帰ってしばらく使って見ると、近くを見るときの度をもう少し上げておいたほうが良かったと後悔する。自分が選んだ結果なのだから、文句の付けようがない。黙って、眼鏡を買いなおすことになるしかないのだ。

眼鏡自体はよく出来ている。眼鏡を掛けたり外したりの煩わしさから解放されて快適なのだが、それは、2度目に買ってからの事だ。

僕は、単に二度買いをするのが癪だから、これに便乗して「酸素メガネ」を買った。メガネの「つる」がパイプになっていて、鼻パッドの両側から、細いチューブで鼻の穴に酸素を持ってくるものだ。カニューラが目立たないようできるから、外見を気にする人が使っているようだ。

僕は、特に外見を気にすることは無いのだが、補聴器のために必要かと思ったから買った。補聴器も軽度のうちは、耳の穴に入れてしまうタイプのものが使えるが、性能的には耳掛け型のほうが優れている。RICと言われる本体は耳に掛けて小さなスピーカーだけを耳の穴に入れるものが最近の流行だ。メガネとカニューラと補聴器の3つを耳に掛けるのは厳しい。だから、この酸素メガネを使って見ることにした。

メーカーは「さわやか眼鏡」などといった安直極まりないネーミングをしているが、いかにも老人っぽくて嫌だ。使いそうな人は、そう多くないから、デザインチョイスはほとんど無い。僕はもっとレンズが大きなタイプが好きなのだが、仕方がない。買ったフレームを眼鏡屋さんに持ち込んでレンズを付けてもらうことになる。眼鏡屋さんでは扱っていない。

普通のメガネより、パイプになっている分だけ硬いから、顔の形に合わせた調整など出来ない。耳が痛いのは慣れるしかない。使ってみて初めてわかる不具合もあった。鼻をかんだり、目薬を付けたりは、当然不便だ。近くを見るときの度は、しっかり高めておかないと、酸素チューブが付いているから、ちょっと外して近くを見るなどということは出来ない。一番困るのは風呂だろう。メガネを外したら酸素まで外れてしまう。温泉に行くときには、別にカニューラを一本用意しておく必要がある。

とはいえ、近くも見えることになったメガネはやはり快適ではある。公然使用は25日からになる。「サンタさんへ、よく見えるメガネが欲しいです。」と書いて壁に貼ってあるからだ。今年一年、僕がよい子だったかどうか、孫達のチェックがある。

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杖の効用を知るまで [日常生活]

僕は杖が嫌いだった。なぜって、いかにも年寄りくさい。それにあまり役に立ちそうにない。それでなくとも、酸素を抱えているのだから、これ以上、手の塞がるるものは御免だ。しかし、食わず嫌いは大人気ないからと、試して見ることにした。なんと丁度良い長さのモノが100円ショップに売ってあったのだ。

当時、僕はリウマチ性筋痛症に悩まされていた。歩行で、足を持ち上げた瞬間、ももの筋肉に激痛が走る。案の定、杖は役に立たなかった。杖は足に力を入れた時に痛い人が使うものであって、足を持ち上げた時の痛みには合わない。邪魔なだけだ。

そう結論したのだけれども、最近は「めまい」に悩まされるようになった。血流が悪くなったせいだろうが、原因不明で、ゆらゆら、時にはぐるぐると目が回る。いつもではなく、歩き始めとかがひどい。大分収まっては来たのだが、やはりバランスが不安定でよく転ぶ。

「めまい」の時は、介助者に支えてもらってももダメだ。人間は二足歩行で横方向の静的安定性はない。どんなに頑強な人でも、肩を横に押されると動いてしまう。頼りにした支えがふらつくのはかえって具合が悪い。壁や柱を伝うのが一番である。

つかまるところがない場所で、めまいとなれば、立ち止まって踏ん張るしかないのだが、このときは杖が役に立つことがわかった。やはり3点支持は2点支持とはちがう。杖に寄りかかることで前後のふらつきを止められる。しかし、歩くときにはやはり邪魔でしかない。なのに腕だけは疲れる。

世の中では杖を歩行のために使っているようで、最近は健康な人でも山歩きに杖を使う。山行用の杖はウオーキングポールなどといって少し形状が違う。持ち手が真っ直ぐな棒状で、年寄り杖のようにT型ないしL型に曲がっていない。これは、寄りかかるのではなく、「すがる」あるいは「ぶらさがる」ことを想定している。杖の頭を引き寄せることで推進力が得られる。腕が後方に行ったところでは押すことになるが、腕の力で推力を得ると上体が前に倒れる。だから、もう一方の手に持った杖を前につく。杖は二本使うのが原則なのだ。体が前に倒れるから、自然と反対側の足を大きく踏み出すことになる。結果として歩幅が大きくなる。

試みに大分前に使わなくなってしまったスキーのストックを持ち出して散歩に使って見たら、かなり歩行が楽だった。僕も、病気になる前は、毎年スキーをやっていたのだ。二本杖はさすがに足元が安定するし、歩幅が大きくなる。そのうえ背筋が伸びて姿勢もよくなる。これはいい。

杖の原理を考えてみると、T型の杖は、違う仕組みであることが理解できる。T型の杖は、「引き寄せる」ではなく「寄り掛かる」といった使い方だ。大きく腕を振って体の前に突いて押したのではまったく推進力は得られない。力の向きが逆だ。後方で力を入れるためには後ろに寄り掛からねばならないから、無駄に力を使うだけで推力にはならない。一本のT型の杖で推力を得ようとするのが、そもそもの間違いだった。僕は無理に力を入れて漕ごううとしたからから腕が疲れたのだ。T型杖は転びそうになったとき、それを支えるためのものだと割り切らなければならない。

軽く持って、腕もあまり動かさず常に体のそばで、杖はブランと揺らすように前後する。これが正しい使い方だと言うことがやっとかった。こうしてみると、あまり邪魔にならない。いざという時の安心感もある。まさに「転ばぬ先の杖」だ。「歩くぞ」というときには二本ストック。ちょっと足元が不安定なときには100円杖。そのうちT型I型両用の山行杖を手に入れようと思っている。

僕のコンピュータ遍歴 [日常生活]

ThinkpadX260を買って2週間、やっと使える状態になった。慣れないWindows10に戸惑ったのだけど、どうやら使えるようになった。横長の画面に違和感があったのだが、2つのアプリを並べて使うのだと納得した。画面の解像度が上がったせいだ。SSDを積んで9万円台で買えるとは驚きだ。何が安くなったといって、コンピュータほど安くなったものはない。40年前なら10億円は下らなかった。

40年前に盛んに使っていた高価なコンピュータHITAC8800は、メモリーが750KB。今から思えば非力なものだが、全国大学共同利用のありがたいものだった。アメリカで愛用したPDP11のOSは28kBでしかない。

僕は昔からのコンピュータユーザーなのだが、パソコンを使いだしたのはそう古くない。1982年には日本でもPC9801などといったパソコンが普及しだしてブームになったが、僕はこういったパソコンを使わなかった。電話線を通して研究所のコンピュータにつなぐことができたから、ちゃちなパソコンを使う気にならなかったのだ。最初からネットワーク指向だったわけだ。

当時、電話線に機器をつなぐことは許されていなかったので、音響カップラーを使った。電話機にピロピロと音を流して通信するのだ。Scilent700とかいうカバンくらいの大きさの携帯用端末を愛用していた。電話の受話器を載せて使う。こんな風にコンピュータを使っていた人はあまりいないだろう。主として使っていたのはVAX11だ。

しかし、新幹線の中とか、通信回線のないところもあるので、非力でも小さなコンピュータがあれば便利だと思っていた。見つけたのは、PC8201というハンドヘルドでメモリーは8KBだったが、RS232Cを持っていて通信端末としても使えた。A4サイズノートパソコンの元祖だろう。6行くらいの液晶窓しかなかったが、BASICでプログラムもできたし、英文ならどこでも原稿を書けたので重宝した。僕にはコンピュータ はポータブルに限るという概念が固まった。

僕が本格的にパソコンを使いだしたのは、10年も経た1992年のPowerbook-duoからである。持ち歩ける大きさで、白黒画面なのだが、ドッキングステーションに入れると、フルパワーのパソコンになる。それでもCPUは33MHz、メモリーは8MBしかない。通信機能を備えたパソコンとしてはマッキントッシュが一歩先んじていた。インターネットが普及する前から、アップルトークというネットワークが普通についていたからだ。windowsの方は、windows3では使い物にならず、ネットワークに対応しだしたのはwindows98からである。

1997年にはPowerbook2400Cに替えてカラーの画面になった。180MHzのCPUで80MBのメモリー1.3GBのハードディスクがついていた。これ以上望むものはないと思えるほど強力なPCだと感じた。MacOS8.1も非常によくできたOSで、ClalisCAD、MacDrawPro、Mathematicaといったソフトも入って、この上なく便利だった。これ一台あればどこでも仕事が出来た。 年に3ヶ月くらいをアメリカで暮らす、 行ったり来たりの生活だったが、大荷物を持ってあるかなくてもこれ一台でオフィス の移動が出来るのは実に快適だった。

パソコンとはすなわちマックだというのが変わったのは、2000年にアップルが68000系のcpuを捨ててPowerPCになり、OSも変わってしまって、いままでのソフトウエア資産が使えなくなってしまったことがきっかけだ。とりわけCAD系のソフトがなくなったのが痛かった。 これまでのmacのソフトを使うにはwindowsマシンにBasiliskIIなどのマックエミュレータを入れるしかないという奇妙なことになったのだ。

PB2400の後継機が出なくなった ことも大きい。最初いかにもちゃちだったwindowsも2000になって、信頼できる ものになったし、なにしろハードが軽くて安い。DOSVマシンには各社の競合があったからだ。ソニーのVAIO505でWindows2000に替えた。 CPU133MHz、メモリーは64MBだった。

ソニーもその後505後継機が振るわなくなった。軽いという点ではパナソニックに及ばなくなってしまった。パナソニックLet's note CF-T2に変えたのが2004年だ。2008年にはCF-T8になって、windowsVISTAになったが、これは良くなったと感じなかった。CF-T2のディスクが壊れたのだから仕方がない。CF-T8は、8年も使うことになった。このあたりで必要性があるPCの進歩は止まったように思う。

こうしてみると僕はパソコンを平均5年ごとくらいにとり替えている。一昨年、このCF-T8が、スペインで荷物とともに泥棒に盗られてしまった災難で、もらってきた古いTinkpadX32を使うことになった。2005年のモデルだがメモリーを増設したら、実に使いやすかった。しかし、XPは排除される運命にあったし、2GBでは新しいOSは積めない。

2016年からはThinkPadX260を使うことになる。64ビットマシンだし、メモリーは4GB、250GBのSSDを備えている。往年のスーパーコンピュータだが、今では普通のパソコンでしかない。

連れ合いが寝込んでしまった [日常生活]

久々にサンフランシスコから孫がやってきて、張り切り過ぎたおばあちゃんは、孫が帰ったあとにダウンした。孫がいるときから熱があったのだが、いいところを見せなくてはいけないから無理をしたのがたたった。「もう熱は下がった」などと言っていたが、実は37.8度に下がっただけだったのだ。

空港に見送りに行って帰り道からヨタヨタになった。それが結構長引いている。多発性骨髄腫を抱えているから、もしやと心配になったのだが、病院で検査をしてもらっても特に大きな問題はない。風邪と喘息の症状が重なっているだけらしい。多発性骨髄腫の方は、かなり数値が上がってきたが、まだステージ1の範囲なので治療はやっていない。何にしても年をとると治りが悪いということだ。

それで僕が家事をやることになった。もっと長引けば、洗濯とか掃除も問題になるだろうが、まだ4日目くらいだからそれはない。とりあえずは食事の心配をするだけだ。ちょっと不安ではあるが、僕が料理をして腕前を見せてやろうと思った。料理の仕方は本に書いてあるし、ネットでも調べられるから、まちがいなくできるはずだ。しかし食材を買いにスーパーに行って驚いた。料理なんかしなくても、あらゆるおかずが売ってあるではないか。

スーパーにはしょっちゅう行っている。いまさら発見する事ではないのだが気が付かなかった。僕がスーパーに行く目的は連れ合いが買い物をしている間に歩いて万歩計のカウントを上げることにあったので、実は売ってある品物をよく見ていなかった。売り場のかなりの面積をこうした出来上がりの食品が占めている。値段もそれほど高いわけではない。百戦錬磨の連れ合いならいざ知らず、僕が料理するよりこのほうがうまいに決まっている。

ちなみに今日の夕食は、いなり寿司とかき飯、野菜の煮物、中華サラダと茶碗蒸しだ。しめて1500円、食い残すくらいの分量もあったので翌日の昼食になった。料理手法としては電子レンジでチンとすればしまいだ。もちろん連れ合いは、最悪の味付けだと酷評しているし、確かに妙に甘い変な味だが、そう不味いわけでもない。

世の中にはこうした出来合いのおかずの需要が多いようだ。共稼ぎで、どちらも残業があったりすれば、帰ってから料理をする余裕はないだろう。「天ぷらって家でも作れるの?」と言った子供がいて驚いたことがあるが、これはもうありふれた現実だ。日本の家庭から料理が失われていくのだろうか。

年金が少ない老人にはこれでもきついから、もっと節約する工夫がをしている人が多い。やはり自分で料理した方が経費は少ない。しかし、自分で料理すれば1500円のうちどれだけ節約できるだろうか。働く無理が効く共稼ぎの若いカップルならアルバイト暮らしでも、すぐに稼げる金額だ。料理に時間を使うより、時給を稼いだ方が割がいい思うだろう。出来合いのおかずが若い人たちに普及するはずだ。

少し余分に働けば料理なんかしないで済む。食うには困らないから楽しく遊べる。正規の雇用が減って、若い人たちは非正規の不安定な職に追いやられ、悲惨なことになっているのに、20代の生活満足度は高く、自民党政権の支持率が高いのだと言うのもこんなところから来ているかもしれない。

子育てが始まり、時間がなくて収入が減る時になって初めて生活の苦労が始まる。食事は出来合いのものばかりで、残業だらけのすれ違いを続け、それに育児の負担が重なれば、不和も生まれる。離婚したシングルマザーも増えているという。こういった人たち、その子供たちが世の中の不幸を全部背負い込むことになるのだろう。

いやはや大変な世の中だ。連れ合いが寝込んで、うまい食事が食べられないなどと嘆いている場合ではないのかもしれない。

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お姉ちゃんの大泣き [日常生活]

僕の孫、小学5年生のお姉ちゃんが大泣きしている。校内マラソン大会の途中で足が痛くなって動けなくなってしまったのが悔しいのだ。

お姉ちゃんはまじめな努力家である。学校の宿題はもちろん欠かさないし、自分で決めた自主学習の計画も必ずやりとげる。努力は報われるという哲学を確立しているようにも見える。成績はいいのだが、特に頭がいいとは思われない。本人はそれも努力の結果だと自分で思っているらしい。

体も大きくはなく、運動神経が優れているわけでもない。なにしろ僕の孫だ。しかし、マラソンは頑張れば走れるのだ。22位から12位、9位、4位と学年を上がるごとに順位を上げてきた。今年は3位に入りたいと、夏休みからトレーニングを始めた。早起きをして、登校前に走るのだから続けるのは大変だ。しかし、努力すれば願いはかなうという信念でこれをやった。

ところが、練習のしすぎだったのだろうか、足首を痛めてしまった。足首に少し奇形があり、成長期の子供にはこういった足首の異常はよくあることらしい。病院の先生に「ゆっくり走れば完走も出来るよ」と言われて憮然としていた。

今年は頑張らなくてもいいよと、親もなだめたのだが、どうしても走りたい。案の定、途中で足が痛みだし動けなくなって車で運ばれることになってしまった。努力が報われなかったことがが悔しいのだ。

校内マラソン大会で速く走れたところで、どういうこともない。ボール紙で作ったメダルがもらえるくらいのものだ。それが悔しくて大泣きできることに僕はむしろ感動する。この年になるとそういった悔しさの高まりを感じられることが、いかに素晴らしいかがわかる。

うんと泣くがよい。若さとは無駄を無駄と感じないことだ。「どうせ」とか「疲れる」などといった言葉は、若者から聞きたくない。たしかに世の中には努力だけではどうにもならないことがある。お姉ちゃんも、これからそれに直面して行かなくてはならないだろう。

あきらめてはいけない。達観してしまってはいけない。挫折を正面から受け止めて悔しさに大泣きして、成長の糧にして行ってほしい。

3000歩歩く [日常生活]

以前にも書いたことがあるが、僕は日課として万歩計で3000歩を歩くことにしている。病院に行ったり、研究室に顔を出したり、植物園や図書館に行って歩くこともあるから、自然に記録される歩数もある。実際、東京に出かけたりすれば、駅構内の歩行だけでも軽く5000歩になったりする。通勤だけで一日1万歩の人も珍しくない。

だから僕の目標が3000歩だと言うと低い目標だと笑われる。しかし、何もしない日には結構な課題だ。一歩一秒とすれば50分くらいも歩き続けることになる。実際にはズルがあって、トイレに行ったり、家の中でも歩くし、万歩計は体をゆすっただけでも数えるから、2200歩が実質の歩行努力ということになる。それでも歩行時間は40分くらいになる。

ここでまた僕はズルをする。暑さ寒さをさけて歩行はもっぱら室内だ。スーパーマーケットかショッピングセンターを買い物もせずに歩くのが常態化している。連れ合いは買い物が大好きなので、喜んで付き合ってくれる。最近はバランス感覚が悪く、転倒して骨折も経験しているから、凸凹のある外道は避けたいという気持ちもある。室内の完全にフラットな床面は戸外の道に比べてかなり歩きやすい。

目標というのはこだわりが必要である。3000歩と決めたら何が何でも3000歩を目指す。寝る前になって3000歩に達していなければ、夜中に歩きに行く事がしばしばある。スーパーが最近は夜中までやっているのがありがたい。スーパーまでは車で行くのだが、本末転倒などということを考えてはいけない。

売り場歩きでは景色を楽しむということは出来ない。代わりに社会観察をする。スーパーで買い物をする人にはそれぞれの物語が読み取れる。夜にハイヒールを履いて買い物をしている女性をみれば、会社で働き、その帰りに買い物をしているとわかる。毎日が時間との格闘だろう。茶髪・ピアスのお兄さんが小さな子供を連れていることがある。ここに至るには、かなりの物語があったに違いない。

意外に多いのは、背広を着た中年男性だ。単身赴任だろうが、まともに食えているのだろうか。日本の大企業エンジニアは半数が単身赴任だという。工場で開発を担当し、子供が高校生などになって動きにくいころに、少し偉くなって本社勤務になったりするからだ。しかし、このあたりは東京には少し距離がある。研究者が主体の街なのに、単身赴任とはどういったことなのだろう。通産省系・宇宙系は最近民間からの出向が多いというから、そのせいなのだろうか。

そんなことを観察しながら歩くので退屈はしない。しかし、翻って僕はどのように映っているのだろうかと思うことが時々ある。老夫婦が連れ立ってという、ほほえましい光景がみられるのは大抵午前中である。独居老人も出没するのは夕方までだ。夜中の客は独身サラリーマンとか学生とかほとんどが若い人だ。酸素ボンベを背負い、杖を突いた老人が夜中にスーパーマーケットをうろついている光景は奇異だろうとは思う。

介護保険は役に立つのか [日常生活]

連れ合いの抗がん剤治療が始まって、生活にもいろいろと問題が出てきた。僕の手にあまるところがあるのだから、手助けがほしい。介護保険による支援が受けられるかも知れないと思いついた。介護保険料として結構な額を納めてきているのだから、困った時には助けてもらえるだろう。

そこで介護保険で何をしてもらえるのだろうかと調べて見た。パンフレットを手に入れて、楽しそうなシニアの様子を描いてある表紙をめくると「受けられるサービス」というのが書いてある。老人ホームでのサービス、デイケア施設でのサービスがあるのだが、これは全く関係ない。在宅でのサービスが必要なのだが、これは少ししか書いてない。

薬の飲み方、食事など療養上の管理・指導とあるが、別に管理してもらったり、指導してもらわなくてもよい。病院には通っているし、インターネットでも調べられるからこれも関係ない。訪問リハビリというのもあって、医師の指示に基づいて、リハビリ(機能回復訓練)の専門家が利用者の居宅を訪問し、リハビリを行うというのだがこれもいらない。看護師などが居宅を訪問し、床ずれの手当てや点滴の管理というのも必要ない。身体介護というのは、排便や食事を食べさせたりする世話のことだが、もちろんこれも必要ない。

生活援助。おー、これだこれだ。介護予防訪問介護という名称になっており、「ホームヘルパーが利用者の居宅を訪問し、調理や掃除などを利用者といっしょに行い、利用者が自分でできることが増えるよう支援します。」と解説されている。うーん、ちょっと違う気がする。

今、一番困っているのは、朝のゴミ捨てだ。朝、8時までに地域のごみ収集場所までゴミを持って行かなくてはならない。連れ合いが寝込むと、僕がやるしかない。僕はリウマチ性筋痛症が周期的に出てくる。これが、たまたま連れ合いの入院と重なったから往生した。筋痛症が出ても昼頃には収まるのだが、朝は痛くて足が動かない。もともと早起きは苦手だ。5,6歩歩いては顔をしかめて立ち止まっていたら、近所の人が見かねて持って行ってくれた。実にありがたかった。これを介護保険でやってもらえると助かるのだが、朝8時までにといった時間指定の援助はしてもらえるのだろうか。「利用者といっしょに行い」と言われても困る。

次に困っているのは、ストーブに石油を入れることだ。腕を骨折して以来、重い石油缶で荷重をかけることは禁物だ。石油が切れたときに、引きずったり蹴飛ばしたりしながら持ってくるのはなかなか大変だ。前かがみになって石油を入れていると息切れしてくる。これも石油が切れた時にいてもらわないといけない。電話して、すぐに来てくれるというサービスはないらしい。

あと必要なのは調理だ。まだ経験不足で僕が料理を作ってもうまくない。腕の立つ料理人が来てくれると助かる。しかし、Q&Aを見ると、基本的に調理はしないと書いてある。宅配給食による食事が前提だそうだ。それくらいなら、飯を炊いて、スーパーで出来合いのおかずを買って来たり、寿司の出前を頼んだほうがました。担当者の判断で調理をする場合もあるそうだが、僕の場合、できないのではなく、下手くそなのだから対象にならないようだ。

そのほか大変なのは、庭の手入れだ。今は冬だから雑草も生えないのだが、夏場になると、炎天下の草むしりなどえらいことになる。想像しただけでめまいがする。しかし、これも介護保険の対象ではないらしい。清掃は患者本人の居室に限られている。

介護保険によるサービスはあくまでも介護予防のためのもので家政婦の派遣ではないと強調してある。このあたりが僕の要求にそぐわないところだ。結局、僕が困っていることは、介護知識など必要はなく、すべて家政婦で事足りる。世の中には介護保険とは関係なく、「家事代行サービス」といったものもある。しかし、一回8900円とかでは簡単には頼めない。いよいよとなったら、山のようなゴミをためておいて一括処理してもらうしかない。

そもそも、介護保険でこういったサービスを受けるためにはまず要介護認定を受けなければならない。必要なのは生活支援なのだが、認定は要介護だ。介護の必要性にポイントを付けてポイントが低いと、要支援になるしかけになっている。どんなことが項目として挙げられているかというと

自分でトイレができるか
自分で立ち上がれるか
座っておられるか
自分で食事ができるか
生年月日が言えるか
薬を自分で飲めるか

なんてことが79項目も並んでいる。寝たきり老人じゃないのだから、全部できるに決まっている。唯一ポイントが取れるのが酸素ボンベを抱えているということだ。介護が必要な状態ではないのだから要介護ポイントなど取れるわけがない。これだと「非該当」に認定されるに決まっているようなものだ。こんな役に立たない保険に多額の支払いをしているかと思うと腹が立つ。

介護保険の来歴を調べてみると、役に立たない理由がわかった。人間、年を取ると健康な体ではおられない。とりあえず命に別状はなくとも、健康体にはなれず、病院に入院して日を過ごす人が増えてきた。こういった治療のめどが立たない患者が増えると医療保険の費用がかさむ。人間の寿命が延びるとともに医療費が増えていくのは当然の成り行きなのだが政府は金を出したくない。そこで考え出されたのが介護保険なのだ。医療保険の値上げと同じことだが、役人は悪知恵を働かして別の名前をつけて別に金をとることにした。

それまで病院にあった療養病棟というのをなくしてしまい、治り切らない老人を病院から追い出す事にした。各病院は老健施設を併設して、医者や看護師の配置を減らした。治療が主眼ではなく、現状維持で生活させる施設は病院ではないから医療保険が効かない。この財源として考え出されたのが介護保険がなのだ。だから、介護保険の主な部分は施設利用になっていて、在宅の生活支援などは付けたりなである。昨今の、「改革」でさらにこれが縮められようとしている。軍事費や国威発揚ばかりに金を使いたがる政府の所業だ。

しかし、介護保険がなければどうしようもない人が世の中には確かにいる。年をとって、自分の世話ができなくなるのは当然起こることだ。身寄りがなく、一人暮らしの人であれば、現状では施設に入るしかなく、そのとき介護保険はどうしても必要になる。すでに病気を抱えている僕は、おそらく介護保険のお世話になる以前に、病院で命を終えることになるだろう。介護保険料は、介護が必要になるまで頑張って生き続けた同世代の仲間たちへの僕のささやかな応援の気持ちだと考えておこう。

危うく-------てるみくらぶ [日常生活]

旅行社てるみくらぶの倒産で、旅行者の被害が話題になっている。僕らも全くの他人事というわけではなく、危うく被害者になろところだった。そのいきさつを書いておこう。ことの起こりは年金である。

少しではあるがアメリカの年金をもらえることになった。その事情は前にも書いたとおりだ。国民年金(social security benefit )ではなく厚生年金みたいなものだが、その手続きで公証人のサインがいる。太平洋横断の船旅はこのサインをもらう目的もあってのことだった。ところが、書類の書き込みでミスをしてしまい、却下ということになってしまった。出し直しなのだが公証人のサインが困りものだ。

アメリカには実印といったものがなく、すべてサインだから、少し重要なサインには公証人の認証がよく使われる。公証人の目の前でサインして、確かに本人のサインですよと、証明をつけてもらうのだ。日本で言う印鑑証明のようなものだ。お店が副業で公証人をやっていることが多く、どこにでもあるし、費用も印鑑証明の手数料程度だ。日本にも公証人制度はあるのだが、遺言とかの公正証書を作る時に使われるとか、あまり馴染みがなく、費用も弁護士並みでえらく高い。

こんな費用を払うくらいなら、もう一度アメリカまで行くかということになるのだが、航空券もそう安くはない。そこで思いついたのが日本に近いグアム島だ。アメリカの信託統治領だから、アメリカのように宅急便の営業所で公証人のサインがもらえる。海で泳げるわけでもないのだが、避寒を兼ねて明るい海の景色を見るのも悪くはないだろう。

ネットを検索して、一番安く行く方法を探した。二泊三日1グアムツアー1万5千円、ホテルまで付いて航空券より安いのだから驚く。もちろん、公証人費用よりはるかに安い。「てるみくらぶ」という旅行会社だが、最近ネットで急伸長しているらしい。これはいい考えだ、このところ連れ合いは腰痛を訴えて機嫌が悪いが、年明けには収まるだろうし、暖かいところで過ごせば養生にもなる。さっそく申し込もう。

ところが、ここで連れ合いの腰椎圧迫骨折が判明してしまった。申し込みには待ったがかかった。さらに、検査結果から多発性骨髄腫の抗がん剤治療も始まってしまい、グアム行は無理と言うことになったのである。二泊三日グアムツアー1万5千円はどう考えても赤字だ。赤字を増やしても、とりあえず明日払う現金が欲しいという状態だったようだ。もう少しで我が家も被害者になるところだった。

改めて考えて見る。すんでのところで、てるみくらぶの被害者にはならなかったのだが、本当のところ僕は被害者になりたかった。連れ合いが元気になって、グアム行を申し込んでおれば、悔しい思いはしただろうが、その方が、副作用や痛みよりも、よっぽど良い。このところ、少し副作用に体が慣れてきたようで、少し動けるようになったのが救いだ。

公証人のサインの方は、結局アメリカ大使館でサインをもらえることがわかった。3通で45ドルだから普通よりかなり高いのだが、もちろん日本の公証人とは桁が違う。わずかだが、年金が追加されるのは大いに助かる。

孫の運動会を見に行くジジババ [日常生活]

運動会というのは日本独特の行事で、他の国にはないと思う。少なくともアメリカにはなかった。陸上競技会でもなく、レクリエーション大会でもない、ダンスや器楽演奏などの文化行事要素もある。僕のように運動がからっきしダメな子でも、小学校の思い出としてはやはり運動会ということになる。

昔の運動会は秋と決まっていたと思うのだが、近年は春にやる学校が多い。観客として父母はもちろんジジババの姿も多く見かける。昼休みに家族が集い、子供の元気な姿を愛でる日なのである。ジジババとしては、孫と一緒に食べるお弁当が楽しみだ。よく頑張ったと孫を褒め、紆余曲折あった自分の人生も、孫を残すということで、全くの無駄ではなかったと安堵する。僕らとてその例外ではないのだ。

いや、子供というのはどうしてこんなに元気なのだろうか。急ぐ必要がなくとも走るし、うれしいとか楽しいと思えば、自然に体が飛び跳ねるのである。小学校の運動会では、まだ幼児の面影を残した1年生から、いっぱしの大人ともいえる6年生の姿までが一挙に見られる。

早いもので、孫のお姉ちゃんは6年生になった。最高学年としての運動会で張り切っている。先週は寝込んでしまっていた連れ合いも、腰痛を抱えてでも小学校最後の運動会を見に行きたい。お弁当作りを担当する元気はないが、やはり孫が大活躍する姿を見たいのである。「シルバーカート」という手押し車を買い込み、これによりかかって、小学校のグランドに出かける。孫はたしかに大活躍ではあった。

6年生は招集とか出発とかの係を分担し、自分たちも運動会の運営にかかわる。右も左もわからない一年生のときから著しい成長が見られるのだが、孫の場合、それだけではない。日ごろから一年生のお世話係を引き受けていて、やさしいお姉さんをやっているから、一年生に絶大な人気がある。運動会でも彼女の周りに一年生が寄り集まって来て、競技になるとみんなで応援してくれるのには驚いた。

学校は生徒の自主性を重んじるなかなかしっかりした教育方針を持っているようだ。運動会での役割も、先生が一方的に優れた生徒を選び出すのではなく、立候補制なのだそうだ。お姉ちゃん孫は、身の程知らずのチャレンジャーというか、物おじしない性格だから当然いつも出番は多くなる。今年は特にそれが目立って、場内放送で配役が紹介されるたびにお姉ちゃんの名前がでてきた。

運動会を取り仕切る体育委員長 「はーい。私やります。」
全員で校歌を歌う時ピアノ伴奏をする人  「はーい。私やります。」
朝礼台に立って全校準備体操をリードする人 「はーい。私やります。」
マーチングバンドの先頭で指揮する人  「はーい。私やります。」
紅白リレー、学年代表で走る人      「はーい。私やります。」 

ということになったらしい。体も大きくないし僕らの孫だから特別運動神経が良いわけがない。リレーではバトンを受け取ってすぐに後ろの子に追いつかれそうになった。しかし、この子は頑張る子なのだ。そのあと猛烈にダッシュして、逆に前の子に追いついてしまった。絶妙なバトンタッチに成功して順位逆転というドラマまで見せてくれたから、連れ合いは感激してしまって目をうるませていた。孫の運動会を見に行くジジババのたわいなさそのものだ。

自分自身の体力がなくなっていることは、嫌が応にも意識させられる。まして病気持ちだから走るなどと言うことは想像もできない。しかし運動会の子供たちが、本当に元気に、走り回り飛び跳ねているのを見ると人間の可能性に確信が持てるようになる。僕らが死んだ後も、まちがいなく人類は存続する。

何よりもうれしいのは、何の屈託もなく、やりたいと思えば手を上げ、一生懸命やり遂げようとする素直さだ。経済の先行きも暗いし、戦争法や秘密保護法が出来たり、共謀罪が作られたり、世の中はますます住みにくくなっているが、僕らの孫はそれにめげず、すくすくと育っていると感じる。

「やきそば」の作り方 [日常生活]

抗がん剤の副作用に悩まされながらも連れ合いはお料理をする。自分しかできないと思っているのだ。僕だって「の素」で料理することも出来るのだが、あまり出番はない。もっぱらメモを持たされて買い物に行くのが僕の役目だ。最近はスーパーのどこに何があるかも頭に入って来た。それだけではない。土鍋で「ご飯炊き」も大分慣れてきた。彼女も僕が炊いたご飯が美味しいと認めざるを得ない。

実は、僕にも連れ合い以上にうまく作れる得意料理があるのだ。それは「焼きそば」である。四十数年前から、僕は焼きそばの達人だった。

その頃の学生が住んでいたのはアパートなどではなく、下宿屋ないし間借り部屋だ。三畳一間で共同トイレ、風呂は銭湯に行く。もちろん炊事場などはない。冷蔵庫もないから部屋で食えるものは非常に限定されていた。まあ、即席ラーメンが定番だった。まだ、カップラーメンなどはなかったから、ラーメンも鍋の用意、後始末が結構面倒だった。焼きそばの利点は後始末が楽なことだ。

洗面所からフライパンに水を入れてこぼさないように持って来る。電熱器で沸かし、インスタント焼きそばを入れる。この時、水の量というのが非常に重要だ。麺が潤びて水分を吸い込むと丁度お湯が無くなると言うようにしなくてはならない。部屋の中で余ったお湯を捨てるなどということは出来ない。味的にもこれがいい。麺で最悪なのはゆですぎて伸びたものだ。

水分が蒸発したところで、粉末ソースをまぶして、青のりを掛ければ出来上がる。フライパンから直接食べるので皿とかはいらない。で、僕が持っていたのは当時最新式のテフロン加工がしてあるフライパンだ。何もこびりつかないから、食べ終わった後の始末は、トイレットペーパーでぐるっと拭くだけだ。ラーメンのように鍋を洗いに行ったりする必要がない。

ということで、僕の常用食は焼きそばであり、来る日も来る日も焼きそばを食べていた。焼きそばに関しては僕の調理経験は連れ合いをはるかに凌駕している。

しかしながら、経験豊富なだけで名人と言うわけには行かない。絶妙の水加減も、台所があって、いくらでも余った水分を捨てられるとなれば、価値は半減する。冷蔵庫の中には、野菜やお肉があったりするのだ。こういった材料をうまく使わなくてはならない。ここで僕の秘伝を公開しよう。

単に袋の中のものを使うだけでは駄目だ。肉類が少しあると、かなり味が引き立つ。豚肉がなくともサラミソーセージとかベーコンがあれば入れる方が良い。野菜では玉ねぎが使いやすい。玉ねぎは炒めると思いのほか分量が減る。小さなものなら一個全部入れてもいいくらいだ。

焼きそばだからまず麺、と考えてはいけない。そばに具を入れるというより、焼きそばと野菜炒めを混ぜ合わせるという考えが正しい。麺の処理を始める前に、フライパンに油をひいて、こういった材料を炒めるというのがコツだ。炒めるというのは加熱しながらかき混ぜることだ。

炒めたら「塩コショウ」を振りかける。塩と胡椒かと思ったが、最近は二つが一緒になったものが使われるのだ。「塩コショウ」を振りかけると野菜がしっとりとするのがわかる。

これをお皿に移して、やおらフライパンに水を入れて沸かす。麺を入れて、ほぐすのはいつもの手順だ。水が多ければ早い目に水分を捨てる。やはり、ゆですぎに気を付けることが大切だ。粉末ソースをまぶしたりするのは弱火にしておいてするとやりやすい。作っておいた具をいれてもう一度よく焼く。青のりを振りかけて、絶品の焼きそばになる。

連れ合いは焼きそばが料理だとは認めようとしないのだが、この作り方を講釈して見た。例によって、どうせケチをつけるだろうとは思っていた。「作り方も何も、普通にやっているだけでしょ。他にやり方があるわけじゃなし。」

そうかなあ。結構工夫したつもりなんだけど。
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