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(7)カナディアンロッキー [太平洋横断]

サンフランシスコの滞在を終えて、カルガリーに向かった。孫と遊んだだけで「観光」は何もしていない。三角巾で腕を吊り、股関節の痛みを抱えていたのでは、歩き回る元気はなかったのである。しかし、腕も足も少しづつ回復してきている。アメリカに行ってしまい、何をしているのかよくわからなかった息子の一家が、まあなんとか無事に暮らしていることがわかっただけでもいい。

9時の便なのだが、空港には早い目に行かなくてはならない。こちらの皆さんは早起きで、朝は5時から通勤渋滞規制が始まっている。息子に送ってもらって無事空港には着いたのだが、サンフランシスコ空港は広い。空港の中を散々歩かされた。国際線の中でもカルガリー行などというのは、マイナーだから、端っこのターミナルになっているからだ。

ユナイテッド航空の場合、POCの使用は簡略化されており、診断書はいらない。一度サインしてもらった使用証明を何度でも使える。だからといって、すんなりと搭乗できるかというとそうではない。搭乗券の発行には受付カウンターの人がいろいろと入力しなくてはいけない確認事項があるようだ。これが完了しないと搭乗券が出てこない仕掛けになっているのだ。

慣れていない受付だと、入力の仕方がわからず、あちこち電話で問い合わせたりして、なかなか進まない。今回も、ああでもないこうでもないと言った様子で、結局1時間近くかかってしまった。カウンターの前で待っているほうも疲れる。

カルガリーからはレンタカーの旅だ。カナダを端から端まで横断している国道1号線を西に進む。道の両側に広がる牧場は、地平線まで広がっている大きさだ。地球は広い。ゆるやかな登りで山に近づいていく。これがカナディアンロッキーだ。3000メートル級の山々がひしめいているのだが、道にトンネルはなく、山間をぬって流れる川沿いにある平地を通って行く。

バンフの町はスキーの拠点、登山の拠点で、華やかな賑わいがある。雄大な山の姿が目前にせまり、カラフルな建物の屋根の色が背景に映える。北に折れて1時間ほどのところにもう一つの観光目玉であるレイクルイーズがあり、僕らはその中間にあるベーカークリークに宿を予約してある。

だいたいの場所はわかっているので、近くに行けば看板とかがでているだろうと思ったのだが、それが見当たらない。日本の観光地ならあちこちに看板があるのだが、ここにはそれがないのだ。確かに看板は景観を損ねるから、ないのがむしろ当然だ。

1号線から外れた旧道を走るのだが、他に行きかう車もない。気持ちのよい林間の道だが日も暮れてきた。一軒の建物があり、ホテルだったが、そこで聞いたら反対方向に走っていたことがわかった。Uターンして走るがなかなか建物に行きあたらない。やっと小さな建物を見つけて近づいてみると、そこが目的のホテルだった。これは受付の建物であり、その奥にログハウスがぽつぽつと並んでいた。

貧乏旅行を常とする僕らとしては、思い切り贅沢なホテルなのだが、部屋の中は広く、ベッドルームと居間、キッチンがある。ベランダも2つあり、目前に谷川のせせらぎがあって落ち着く。山小屋といったしつらえで、壁には丸木を生かした装飾がある。感心したのはテレビがなかったことだ。確かに、この雰囲気にテレビは艶消しではある。自然環境に確固たる自信を持ったホテルなのだ。

本当は、ここを拠点にあちこちの山に出かけて、ウオーキングを楽しみたいのだが、今の体の状態では望むべくもない。車で行って、眺めを楽しむだけとなった。しかし、山と湖というのは最高の組み合わせだ。どの眺めも全て絵になる。レイクルイーズの湖面に映る山々の美しさは格別だったし、小雨が降って虹が現れたのには感激した。

(8) バンクーバーからの乗船 [太平洋横断]

カナディアンロッキーからバンクーバーまでは850キロ。一気に走れない距離ではないが、4時出港だから3時までには着かなくてはならないことを考えると、ちょっと厳しい。レンタカーの返却とか大荷物の運搬といった問題もあるから、途中で一泊することにした。

昼頃レイクルイーズを出て、走れるところまで走ろうということで、ワブテック連山を眺めながらヨーホー国立公園の中を走る。道はキング山を迂回して大きく南に曲がるが、やはり谷あいの道筋だからトンネルはない。また西に向かうようになって、今度はグレーシャー国立公園だ。

ハイウエーにも日本のようなサービスエリアはないから、ガソリン給油には注意する必要がある。「この先110㎞はガススタンドありません」といった注意標識が出ている。ところどころにトイレ小屋はある。日本なら自販機が置いてあるだろうと思うのだが、そんなものはない。

夕方にMerrittと言う町まで来たので、ここに泊まることにした。何もない小さな町だ。「vacancy」とサインのあるモーテルに車を止めて、値段を聞いたら70ドルということだ。あまりきれいだとは言えないが、まあただ寝るだけだから許容範囲だ。夕食を食べられるところを聞いたら、なんと"Garden Sushi"というのを紹介された。他にはsubwayくらいしかない。天丼を食ったが予想通りまがい物といったものだった。

バンクーバーまでは3時間。朝出れば昼頃には着くだろうと思われたのだが、これくらいの余裕は必要だ。レンタカーと荷物の問題がある。Herzの営業所がCanada Placeの近くにあり、そこで返せばいいのだが、そこから桟橋入口まで400m、多分桟橋の中でさらに300mとなると荷物が大変だ。スーツケースのほかに呼吸器と酸素濃縮器がある。おまけに僕の腕は骨折だし、足も痛む。彼女も腰痛が悪化した。車のバケットシートが良くないようだ。タクシーを頼むには短すぎる距離だ。

11時にはバンクーバーに着いてハイウエーを降りた。町の中は、中華街を通ってカナダプレイスに近づくと混雑しだし、渋滞になっている。十分時間があるからあわてない。まずは桟橋周辺をぐるりと回って位置関係をつかむ。HertzはPacific Rimホテルの駐車場にあり、桟橋までは思ったより近い。車を停めて乗り場の様子を見ようと桟橋の地下駐車場に入って行くと"Cruise Drop Off”という矢印があったので、奥に進んだら、ポーターが待ち構えており、ここで荷物を渡してしまうことができた。最大の懸念は、あっけなく解決してしまった。

すべてCredit cardでやってきたから、カナダドルを一銭も持っていなかったのでポーターに千円札を渡すことになってしまったが、痛みをこらえて重い荷物との悪戦苦闘を思えば安いものだ。ガソリンを入れに行き、レンタカーを返して、再び桟橋に戻って船に乗り込んだ。チェックイン、通関、などで結構歩かされたが、1時には乗船できて昼食は船内になった。乗ってしまえば、飲み食いは全てタダというのがありがたい。

カナダのハイウエーはどこでも無料なのだが、一か所、バンクーバーの入口にある橋は有料だ。知ってはいたが、ゲートが見当たらずそのまま走ってしまった。どうもETCのようなもので課金されるのが普通らしく、現金払いの車は迂回してゲートに入らなければならないようだ。帰国後に17ドルもの罰金の請求が来た。

(9) セレブリティー・ミレニアムで出航 [太平洋横断]

僕らが乗り込んだ船、セレブリティー・ミレニアムはネイビーブルーと白に塗り分けられた船体にXのマークがあるのが特徴だ。クルーズ船はずんぐりむっくりな形が多いが、この船は先端がピンととがったスマートな形をしている。91000トンだから戦艦大和よりもかなり大きな巨船であり太平洋の荒波といえども揺れて船酔いなどと言うことはまずない。内部は12階建ての細長いビルのようなものだ。もちろん、この下には機関室とかがあるので構造的にはもっと階数は多い。2000年の建造だから少し古い船ではあるが、よく改装整備されて、古びた感じはまったくなかった。

プリンセスとプルマントゥールの船には乗ったことがあるが、セレブリティーは初めてだ。1階に乗船口があり、ちょっとした広場とエレベータがある。地味だ。他のクルーズ船では、大きなエントランスホールがあってきらびやかな宮殿を思わせる豪華なしつらえになっていることが多い。プリンセスならここで、鏡割りだとか、風船パーティー、積み上げたグラスにシャンパンをあふれ流すイベントなどがあるのだが、セレブリティーには、そんなものはなかった。派手な演出を抑えて渋く楽しませるのが基調らしい。確かに派手な演出は繰り返されると嫌味だ。セレブリティーはリピーターが多く、今回も半数がリピーターだという。

ともかく船室に行く、6,7,8,9階が大体船室で、僕らの船室は9階の一番前の方にある。9階は見晴らしもいいので、上等の部屋が多い。しかし、余った空間に少しだけ窓無しの安い部屋ができるのだ。ベーリング海ではベランダがあっても寒いし、どうせ周りは海ばかりなのだから窓があっても仕方がない。広い海を眺めたいときは展望ラウンジにへたり込むのが一番だ。安い部屋で十分。

もちろん船室は広くない。しかし、大きなベッドとデスク、テーブルに椅子が2つだから、まあビジネスホテルの部屋よりは広い。シャワーとトイレがあり、クローゼットがかなり大きい。大きなトランクは中のものを出して引き出しにいれてもかさばるのだが、これもなんなく入れられる広さだ。船室は寝に帰るだけと決めていたのだが、結構部屋でくつろぐこともできた。

10階はプールとかジャグジーとバフェレストランであるOcean View Cafeがあって、11階はジムとかガラスが張り巡らされた展望ラウンジになっている。プールエリアは半分が天井がガラスになった温室で、寒い時でも泳げる工夫がされている。プールサイドにも、ハンバーガーなどの軽食やフルーツなどのスタンドがある。これらは基本的に無料なのだが、メニューアイテムによっては有料のものもある。そんなときはルームキーのカードを渡せば、それにチャージされる。

3階は図書室とか会議室。船室もある。4階5階は前方にシアターがあり、後方にメインダイニングであるメトロポリタンレストランが吹き抜けである。その間には、カジノとかいろんなカフェとか、ブティック、ジュエリーショップ、ダンスフロアが並んでいる。寿司とかイタリアンとかの、上等特別レストランもあるが、僕らはそういったものにはお世話にならなかった。メトロポリタンレストランで満足仕切ってしまったからだ。

形ばかりの避難訓練の後、「ボー」と大きな低い音で汽笛が鳴り響き、船は静かに岸壁を離れる。バンクーバーの港は、バンクーバー島と大陸の間に挟まれた水路の奥にある。1日目は、この水路を北上して島を通り抜けるだけで終わる。2日目からは360度どこを見回しても、水平線が見えるだけの日々が続く。北西に進路を取り、アリューシャン列島のウラナスカ島を目指すのだ。

(10) 船での楽しみは食事 [太平洋横断]

クルーズ船での楽しみの一つが食事だ。14日間3食全部が料金に繰り込み済なので、気を遣わず好きなだけ食べられる。10階にあるOcean View Cafeはバフェで、たくさんの料理が並んでいて、いつでもお皿にとって来られる。ちょっとしたホテルのバイキングといったようなもので、クオリティは低くない。しかし、僕らはあまり利用しなかった。両サイドがガラス張りで眺めがいいから、アイスクリームを食べたり、コーヒーを飲んだりはした。酸素発生機のカートを引きずり、腕を三角巾で吊っていたのでは、お皿を持ちにくいのも事実だが、メインダイニングのメトロポリタンレストランのほうが気に入ったからでもある。

船のメインダイニングは、晩餐会といった趣向で、時刻も席も決まっていて、入れ替え制になっていることが多いのだが、セレブリティー・ミレニアムでは、anytime diningということで、開店時間内ならいつでも好きな時にレストランに行っていい。大きなレストランで席に余裕があるからできることだ。構造は真ん中が吹き抜けになった、なかなか豪華なしつらえになっている。窓際はバルコニー席のように二層になっている。二人だけで食事をしたいと言えば二人席に案内されるが、そうでなければ、8人席とか6人席の丸テーブルに案内されて、毎日ちがった人たちと食事をすることになる。

いろんなところから来た人たちと知り合いになって、面白い話を聞けるのが楽しい。横浜へ向けての航路だから、初めての日本でわくわくしている人、日本通を自慢したくて仕方のない人、様々だ。アメリカ人、カナダ人が8割がたを占めているのだが、各州に広く分布している。オーストラリア人が結構いたのは意外だった。中国系と思われるアジア人も10%くらい見かけられたが、話してみるとカナダ在住の人たちで、バンクーバーにはかなり大きな広東人コミュニティーがあるようだ。オレゴンから来た中国人が、広東語ばかりで、北京語が通じないとこぼしていた。日本人は非常に少なく、それもアメリカ・カナダ在住の人が多い。若いころ決心して渡米した人の武勇伝をいくつか聞くことができた。

僕は、難聴になっており、補聴器をつけないと聞こえづらい。補聴器をつけても、言葉の聞き分けには困難がある。これが、英語になるとますます聞き取りづらくなっていることがわかった。しかし、6人席の場合、必ずしも受け答えの必要はなく、あとの4人で会話は進んで行く。聞き取れたところで適当に相の手を入れればいいわけだから気楽だ。だから英語が多少苦手な人でも十分楽しめると思う。

フルサービスレストランにはドレスコードがある。フォーマルディナーには正装しなければならない。この堅苦しさが鬱陶しいこともあるのだが、セレブリティーではかなりドレスコードを緩めている。フォーマルとは言わず、" Evening Chic"と表現しているが、ネクタイは必須ではなく"designer jeans"でも良いそうだ。普段の日は"smart casual"でさらに自由だ。穴あきジーンズとか短パンでなければいいということだろう。僕は" Evening Chic"の日には一応ネクタイを締めていったし、彼女もネックレスなんかつけていた。中にはタキシードの人もいることはいたが、カーディガンとか開襟シャツの人もいた。ちょっと、いつもよりおしゃれをしましょうねといったノリでよい。

料理は丁寧な味付けでなかなかおいしい。プリンセスよりも一段上だと言える。メニューからオードブルやメイン料理、デザートなどを注文する。メニューは毎日変わり、バラエティーがあって飽きが来ないようになっている。僕は久しぶりに食べたBeef Wellington がおいしかった。日本ではなかなか食べられない。Prime Ribもよかったし、サーモンステーキや魚介類もいい。分量が多いので、連れ合いはオードブルを2つ頼んでメイン抜きにしたりしていた。

夕食だけでなくランチも、ブルガリア料理、タイ料理、ブラジル料理といった各国の変わった料理が出てくる。ある日には、"Nagasaki Sara Udon"というメニューまであって驚いた。デザートもアメリカ的にはかなり「甘さ控えめ」でおいしく食べられた。欲を言えばフルーツ類がちょっと少ないという気がした。プリンセスではシェフが隊列を作る大仰な演出でベークドアラスカが出てくるのだが、セレブリティーでは、さりげなくメニューに書いてあるだけだ。

僕らは朝食もメトロポリタンレストランで食べた。おそらく内容的にはバフェと同じだろうが、真っ白なテーブルクロスの席に座ってウエイターに給仕してもらう方が落ち着く。僕はいわゆるbreakfast eaterで、オレンジジュースで始まり、コーヒーに終わるfull breakfastを毎朝の楽しみにしていた。イングリッシュマフィンにスモークサーモンを乗せると最高だ。歩行に難がある状態だから、ジムで運動したり、甲板の周回路をジョギングしたりはしなかったので、3食フルコースは食べ過ぎになる。昼はプールサイドのショップでハンバーガーかホットドックで済ますことが多かったが、とてもおいしかった。マクドナルドとは全く違う。ピッツァもあったが、これは日本で食べるものと大差なかった。

アリューシャン列島までの5日間は、海を眺め、おいしい食事を楽しみ、ショーを楽しみ、昼寝をしてゆったりと過ごした。持って行った本は結局一冊も読み終わらなかった。問題は、大分良くなってきてはいるのだが、足の痛みと吊り下げた腕だ。酸素濃縮器を引きずらねばならないことが、歩きづらさをさらに増幅してしまう。

(11) ウラナスカ島 [太平洋横断]

ウラナスカ島などと言う島はもちろん知らなかった。アリューシャン列島の中ほどにある今航海唯一の寄港地である。定期航空路もないから、船に乗らなければ来ることもなかっただろう。島は山がちなのだが寒いから低いところにも大きな木は生えない。まるで芝生の丘が続いているように見える。もちろん高い山は雪を被ったままだ。

この島の名を大本営発表で日本人が皆聞かされたことがあるそうだ。太平洋戦争の緒戦で日本軍がこの島にある町、ダッチハーバーを爆撃した。日本軍が爆撃したアメリカは、ここと真珠湾だけだ。テレビのディスカバリーチャンネルを見る人はdeadliest catchという荒海に乗り出す漁船の番組を知っている。出撃基地となっているのがここだ。カニやロブスターを取る北洋漁業の港である。

蟹工船の昔から北洋漁業は重労働だ。12時間交代の徹夜作業が荒波の中で続く。この港にもどり、休息をとってまた出漁する。重労働なだけに賃金は高い。一気に金を稼ぎたい人たちが各地からやってきて、稼ぎがたまればまた故郷に帰る。そんな"通り過ぎる町"なのだが、中にはそのまま住み着いた人もいる。ボランティアで島の説明をしてくれた老人は、若い時には随分稼いだものよと語ってくれた。

上陸した日はいい天気で薄手のジャンパーで十分な気温だった。しかし、2000人の乗客が、10台しかタクシーのない島に降りたのだから、身動きがとれない。元気な人は歩いて散策したようだが、僕はただ上陸しただけで終わってしまった。それでも、何日も海の上で過ごすと、陸地に上がるというだけでうれしい。

水揚げされたロブスターやカニは、そのままアメリカや日本に直送されるらしく、魚市場などはない。カニを売っている店があるわけでもなく、名物のロブスターを食べさすレストランもない。郵便局で葉書を出し、スーパーマーケットを物色してみた。ウラナスカ煎餅とかアラスカ饅頭のようなおみやげ物はなかった。観光地ではないのだから、当たり前と言えば当たり前だが日本ならどこでも必ずあるだろう。

僕らは、どこへ行っても、お土産に地元のスーパーの買い物袋を手に入れることにしている。これは、そこに行かなくては絶対手に入らず、いい記念になるし安い。日本でも最近レジ袋が廃止になり買い物袋がいるから使うチャンスは多い。「Alaska Ship Supply」とロゴの入った青い袋はなかなかいいデザインだ。お店の寄港者に対するサービスで、タダだった。何も買っていないのに悪い気がする。

船にもどり、デッキでコーヒーを飲みながら、緩やかな起伏をもった草だけの山と、きれいに澄んだ空を眺めていると、本当ののどかさを感じる。平和だ。しかもここは海のはてベーリング海と太平洋をわけるアリューシャン列島なのである。