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アメリカの年金 [日常日記]

僕は若いころアメリカで働いたことがある。わずか数年なのだが、2年目位から年金に加入させられた。ほとんど忘れていたのだが、「年金の受け取りを申請していないけどどうしますか」と言う手紙がきた。日本なら3年加入しただけの年金では何も支給されない。同封されている見積もりによると、結構な額で、日本の基礎年金部分にも匹敵しそうだ。実際には税金や経費をかなり引かれて半額位になるかも知れないのだが、それでも大いに助かる。米国公証人のサインとかが必要で、多少面倒だが、月末に渡米するので、その時にありがたく手続きさせてもらおうと思っている。

払い込みは確か5%が給料からの天引きになっていたと思う。若くて給料も安かったから、たいしたことはないはずだ。聞いてみると、雇用主があとの5%を継ぎ足して、それが40年の利子で膨れ上がった様子だ。今でも日本のようにゼロ金利ではないし、40年前は高利子だった。アメリカでも高齢化は進んでおり、特に我々団塊世代は、Baby Boomerと言われて人口が多い。電話連絡のときに、年金の切り下げとかがあるのか聞いてみたら怪訝な様子だった。

老齢人口が多くなっても、若いころ払い込んでおり、その頃は高齢者が少なかったから、年金資金が余って積み残されている。だから、支払いには特に問題がないのだそうだ。では日本で言われる高齢化による年金資金不足は一体何なのだろう。確かに若年人口が減って現在の年金払い込みは少なくなっている。しかし、我々が払い込んだ資金があるはずだ。

日本では、その昔、年金受給者が少なかった頃に、余った資金を湯水のごとく全部使い果たしてしまったという。今では名前を変えたりしているが、△△厚生年金会館といった豪華なホールなどが全国各地にできた。年金休暇村というのもあったし、XX年金財団とか、わけのわからない団体もたくさん出来て、天下りの受け皿になった。

年金資金の不足は、決して高齢化のせいではない。役人たちが、せっせと無駄使いをして、あるいは、天下りの高給として山分けしてしまったからに他ならない。高齢化により年金が危ういなどと宣伝して、年金が切り下げられているが、これはウソだ。使い込みにより年金が危うくなったというのが正しい。

こういった宣伝のために、若い人の中には年寄りのせいで生活が苦しいなどと考える人も出てくる始末だ。こういうウソは許しがたい。

他にもアメリカと比較してわかるウソがある。例えば雇用保険だ。日本では10年働いても3ヶ月しか失業保険がもらえない。これが普通だと思わされているが、アメリカでは、2年働けば失業保険を1年受給できるといった手厚いものだ。

しかも、アメリカでは保険料全額を雇用主が支払う。日本では、当たり前のごとく、半額を労働者の給料から天引きするというセコイことをしている。アメリカでは解雇の自由があり、すぐに首にされるが、それなりの保障がされているのだ。満足に失業保険がもらえない日本で解雇を規制緩和したりすれば、地獄でしかない。

肺がん宣告、余命2年かあ (3) [療養]

レントゲンで小さな白い陰を見てから3ヶ月、CTと腫瘍マーカーで扁平上皮ガンと診断されて、治療方針を決めるための経過観察が続いている。粒子線治療に持って行きたい僕は、主治医の説得を試みようと、資料を用意して診察に臨んだ。

ところが、ガン診断から3ヶ月目になって、主治医の口から出てきたのは、驚くような言葉だった。消えた左胸の陰だけでなく、右胸の腫瘍もガンではないかも知れないと言うのだ。主治医が根拠とするところは「顔つき」である。ガンらしくない顔つきだとは当初から言っていた。僕の肺の状況は、間質性肺炎がすこしづつ進んでいて、左胸のようにCTで白い塊と見えるようなものがどこに現れたり、消えたりしてももおかしくない状態だそうだ。

しかし、腫瘍マーカーによる検査もはっきりとりと値が出ている。僕もブログなどを検索してみたがSCCの6.5というのは、生半可な値ではない。この先生は検査数値よりも「顔つき」を重視するのだ。ベテランで数多くの症例を見てきていることは確かだ。典型的なアナログ人間で、カルテもずっと手書きだった。病院が電子カルテを導入してしまったのだが、自分で入力できず、アシスタントが横について、先生が言うのを打ち込んでいるくらいだ。

インターネットであらゆる情報が手に入るようになり、たいていの論文も読めるから、検査数値に基づいた診断なら、勉強すれば素人にも出来る。こうした検査以外のところでの症例の蓄積による判断が医師にしか出来ない本当の医療なのだと思う。その点を高く評価して、近くに立派な病院が沢山あるのに、この主治医の転任先まで、わざわざ通っているのだ。

もうひとつ、主治医が指摘する重要な点は、3ヶ月経っても腫瘍が大きくなっていないということである。よく見ると心持ち小さくなっているような気さえする。増殖して行くからこそガンなのであって、大きくならないなら、ガンではない。少なくとも今急いで何らかの手を打つ必要はないから、このまま経過観察を続けるという意見だ。

「でも、腫瘍マーカーは相当立派な数値ですよ。 前回採血をして2度目の腫瘍マーカーテストもしていただいたのですが、結果は出ていますか?」

主治医もまだ見ていなかったらしい。コンピュータ画面に出してもらって驚いた。なんとSCCは、1.7に減ってしまっていた。基準値は1.5だから、陽性ではあるのだが、確実に高いとはいえない値だ。KL-6で言えば3000あったものが500になったようなものだ。あり得ない。あり得ることではない。

僕のように色んな病気を抱えている人は、普通にはいない。こういった特殊な人の場合、腫瘍マーカーは、その影響を受けてしまうことがある。だから僕の場合に限って、腫瘍マーカーの値はあてにならないということだった。こんなにも大きく変動することが、その証拠だというが、そのとおりと言うしかない。

それでは、ソラマメ君は一体何なのか?これについては主治医も首をかしげたままだ。ガンでない可能性があると言うだけで、ガンではないと診断されたわけではない。ガンは「悪性新生物」なのだが、その悪性度はまちまちだ。マーカーも陽性ではあるのだから、やはりガンではあるだろう。ただ、僕の場合、その悪性度が低く、成長が止まってしまった、あるいは、少しづつしか増殖しなくなったタイプのものである「がんもどき」の可能性がある。

長期にわたって共生できるガンなら、粒子線も抗がん剤もいらない。まだわからないが、ともかくも危機を脱したような気がする。家に帰ってしばらくしてから、開放感のようなものがこみ上げてきた。素直にうれしい。

肺がんになってしまったことは不幸だ。しかし、その中で、悪性度が極めて低いガンだったとしたら、これは不幸中の幸いである。またしても「僕の病歴」に不幸中の幸いが加わったことになる。

主治医に言われたことは、やはり、全体として間質性肺炎は少しずつ進んでいるということだ。「なんとなく過ごす日々」は、何時までも続かない。「余命2年」ではなくなったのだが、人生の終末がそんなに遠い未来のことではないことは、心得ておくつもりだ。

(「肺がん宣告、余命2年かあ」終わり) ----->(1)から読む

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抗がん剤の是非 [療養]

余命宣告から五か月後、肺癌の診断は撤回された。抗がん剤による治療は受けずに済んだのだが、抗がん剤の是非については意見が分かれている。ガン細胞を叩く薬剤は正常細胞をも痛めつけてしまうから副作用が大きい。確かにガンを小さくする効果はあるのだが、それが延命にどれだけつながっているかは、それほどはっきりとはしていない。がんで死ぬのではなく抗がん剤の副作用で死ぬのだと断言する医者もいるくらいだ。

だから抗がん剤を拒否して自らの死を受け入れるというのも一つの選択肢になる。一般論としては簡単で、「俺はガンになっても抗がん剤なんか使わないよ」と公言している人も多い。しかし、いざ自分自身がガンに直面して見ると一途の望みが抗がん剤になったりする。多くの場合、抗がん剤の使用に躊躇はしても、死ぬまで拒否し続ける強い精神力を保てるものではないようだ。途中で挫折するくらいなら、初期の抗がん剤効果が大きく、体力があるときに受け入れておいたほうがましかもしれない。

僕は慢性骨髄性白血病(CML)なので、チロシンキナーゼ阻害剤(TKI)の効果を身をもって感じている。白血病ガン細胞が増殖する信号経路にあるチロシンキナーゼ(TK)分子を標的にして結合し、がん細胞の増殖を止めてしまう。発症して10年近いのだが、今のところどのように検査してもがん細胞は見えないほどに抑え込んでしまっている。奏効率95%で特効薬と言ってもよい。CMLに関しては民間療法の入り込む余地はなくなってしまった。だから抗がん剤の効果を一概に否定することはできない。

統計上も、ガンに対する薬剤は徐々に進歩しており、ガン死亡率は減ってきていると言われている。しかし、この統計を頭から信じるわけには行かない。「がんもどき」あるいは「ニセがん(IDLE)」の問題があるからだ。僕の場合が実例で、もし、CTと腫瘍マーカーの結果から診断して、抗がん剤治療を始めていたら、「抗がん剤で治った」ということになっていただろう。いやいや、もし僕が春ウコンでも飲んでいたら、春ウコンが効くことの実例になっていたかもしれない。

福井の小児科医である木川芳春という方が、がん統計を解析してがん死亡率の減少は、過剰診断により、「ニセがん(IDLE)」が増えたことによるのだとの結論に至った。がん部位ごとの死亡率と罹患率のパターンを比較した分析の結果だ。現在、本を執筆中で、多分主婦の友社から出版されることになる。僕がやったジフテリア統計の解析に興味をもたれて連絡をいただいたことでこれを知った。

ガンの判定にはCTとか腫瘍マーカーがあるのだが、最終的には細胞を取り出し、病理検査で判定している。腫瘍の細胞を取り出してがん細胞かそうでないかを見ればいいのだから確実と思われているが、実はそうではない。主治医に戻される病理検査の結果というのは5段階あるのだ。
  1. 100%完全な良性
  2. まあ良性
  3. 要注意の良性
  4. 100%ガンとはいえないがかなりガンに近い
  5. 100%完全なガン

これをもとに主治医は患者に「ガンです」とか「ガンではありませんでした」という診断を伝えるのだが、グレーゾーンが多いことがわかる。細胞を顕微鏡で見た目視の判断だからだ。大腸がんの場合などは、3から4の段階に進むのに時間がかかったりする。ガンを見逃してはならないという意識が強く働けばがん診断は増えることになる。CTや腫瘍マーカーの結果があれば、当然それにも引きずられる。木川芳春さんの研究では近年過剰診断が増えてきており、それが抗がん剤の効果を高く見せかけているということだ。

自分自身が、がんになった場合、抗がん剤の是非は実に悩ましい問題として残らざるを得ない。

(5)成田からの出発と酸素 [太平洋横断]

肺ガン騒ぎの次は骨折、万全の体制にはならないのは当然だけど、行くと決めたら行くのだ。しかし、2,3日前から始まった股関節の痛みは厳しい。POCのカートを右手で引っ張るから三角巾で吊った左手で杖を突くのは難しい。痛みをこらえてヨタヨタしながらゆっくり歩くしかない。まあ、この痛みはニュージーランドに行った時に比べれば、まだましだ。

今回の旅は、まず息子の住んでいるサンフランシスコに行って、久しぶりに孫と会うことから始まって、カルガリーに飛んで、バンクーバーまではレンタカーでカナディアンロッキーの山越え、そしてバンクーバーから横浜までの航海と盛りだくさんの予定がある。誰からも「その体で?」とあきれられたが、別に何もハードなところはなく、ぐうたらな旅でしかない。もし、健康な体だったら、自転車で世界一周とかやっているところだ。

呼吸器、泌尿器、血液内科、耳鼻科、歯科、整形外科、眼科と7つもある通院日の予約に3週間の空白を作るのが大変だったのだが何とかできた。機内酸素のための診断書が必要なのだけど、これも出発の10日前以降のものでなければならず、3日前までにFAXしなければならないから、周到な通院スケジュールの調整がいる。

バスで空港まではPOC(酸素濃縮器)を使うのだが、ここでかなり電池が減ってしまうから、早くチェックインして待合室でコンセントを探して充電する。今回は成田発の全日空便なのだが日本の航空会社は障碍者に親切だ。成田には専用のカウンターがあり、早い目に行ってもチェックインさせてくれる。大荷物ではあるけど、トランクはあらかじめ宅急便で送っておけば、空港のフロアだけだから、カートもあるし問題はない。

トラブルとしては、宅急便の送り先を間違えたことだ。出発便を伝えればそれでいいと思っていたら、宅急便の集荷人にターミナル番号と出発時間を聞かれた。手元にメモはなかったので、バスが2つ目に止まることを思い出して「第2ターミナル」と答えてしまった。バスは最初に第2に行き、次が第1なのだ。バスに乗り込むときにそれに気が付いて受け取りを見たら「NH8便 第2ターミナル」と矛盾したことが書いてある。心配したが、荷物は第1ターミナルに届いていた。便名が優先らしい。

機内で供給される酸素ボンベ有料で360L一本で1万円かかる。同調器はついていないので、このままだとサンフランシスコまでの10時間には1本では足りない。僕は自分の同調器をもっていく。同調器と流量弁の接続は微妙でチューブも一定していないから、自分の流量弁も持って行くのが良い。ボンベと流量弁の接続はCGA780という規格で統一されているはずだ。POCと電池二個を持っていてこれで6時間は持つからうまく同調器が使えなくても、酸素ボンベと継ぎ足せば大丈夫だとは考えてある。結果的には同調器が使えたので、1本のボンベで十分余裕があった。

しかし、股関節の痛みは想定外に強まった。降りるときに航空会社は大抵、車椅子を用意してくれる。いつもは歩けるからと断るのだが、今回はお願いしますと言ってしまった。入国手続きに行ってみると、すごい行列でかなり時間がかかりそうだったのだが、空港係員が押す車椅子だと、行列をすっ飛ばしてくれることがわかった。これは大いに助かった。

足の痛みには困ったが、無事到着、迎えに来てくれた息子の車で、郊外の家に着いた。暑い日本に比べてサンフランシスコは涼しい。気温14度だから、夏の服装で来た環境客は震えている。カリフォルニアというとロスアンジェルスをイメージしてしまうらしい。ここまでは、まあ順調だ。

(6)旅先で起こった「薬がない!!」 [太平洋横断]

サンフランシスコ滞在3日目、股関節の痛みは太ももにも広がってきた。リウマチ性筋痛症に間違いない。これまでの経験から言ってこれは、しばらくは続いて回復するのだが、タイミングが悪い。一歩歩く度に痛みが走る。空港で車椅子に乗ったときには本当はいらないと思ったのだが、この状態では本当に車椅子がいる。なんとかカナダに出発するまでには回復したいものだ。

これに重なってまた一つ大きな問題が起こった。「薬がない!!」問題だ。旅先での薬は大切だ。今回は25日の長旅だから3日分をピルケースに入れて手荷物に持ち、残りの薬はまとめて荷物の中に入れることにした。9種類の薬を飲んでいるから整理が大変だ。荷物の中には9つの薬袋がある。土曜日の朝になって、次の3日分をピルケースに充填した。

おや、2つの袋の中身が同じだぞ。ということは、1つ足りない薬がある。ユリーフだ。僕は前立腺が肥大気味で、これがないと尿が出にくくなる。まったくの尿閉になって大みそかに救急車で運ばれたこともある。これは大変だ。旅先で薬がなくなるということはスペインで泥棒に荷物を盗られた時にも経験した。スペインでは処方箋なしでも薬が買えたので助かったが、ここはアメリカだ。

病院に行って処方してもらう他ないのだが、もちろん土日は休みだし、月曜に受診は難しい。どこの医院も新患は完全予約制で、何週間か先の予約になる。子供の急病なんかのためには、常々からファミリードクターを選んで顔なじみになっておかなくてはならない。救急患者に対応する病院はあるが、僕は今のところ救急車で運ばれる状態ではない。火曜日にはカナダに向けて出発だから診察が間に合うはずもない。

日本に連絡して、娘に、我が家にあるユリーフを至急送ってもらうことにしたのだが、それも3日かかるようだ。ここへ送ってもらうのでは間に合わない。カナディアンロッキーの宿に送ってもらうしかないのだが、予約してあるロッジは山の中で、住所は私書箱になっている。これとて、手に入れられるかどうかは疑わしい。もちろんそのあとの二週間は船で太平洋上だから受け取り様がない。

ここはもう、この先の旅程をあきらめて帰国するしかないかとも思ったのだが、息子がネットで妙な解決策を見つけてくれた。99ドル払えば、電話だけで診察せずに処方箋を発行してくれるドクターがいる。ちょっと怪しい。他に策がないから、ネットで申し込み、99ドルをクレジットカードで払ったら、しばらくして電話がかかってきた。事情を話したら、即座にOKで近くの薬局を指定された。薬局に処方箋を送っておくというのだ。

指定された薬局に電話をすると「ちょっと高いけどいいか?」と言う。日本では8000円の3割負担くらいなのだが、500ドルだ。随分と高い。こちらは他に方策がないから支払うことにした。しかし、ジェネリックが普及しており、純正の場合はこれくらいの値段でもそんなにボラれたというわけでもなさそうだ。これなしには体も旅もなり立たないのだから、ともかくも助かったことにはなる。

それにしても、旅行に出るときの薬のチェックは、慎重の上にも慎重を期すことが必要だと思い知った。9つあるからいいと数でチェックしたつもりになっていたのは、あまりにも迂闊だった。

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